長年勤めた会社でのキャリアに限界を感じ、転職という選択肢を前に足踏みしている50代の方もいるでしょう。
今回は40代での予期せぬ「畑違い」への異動という逆境を、ご自身の市場価値へと昇華させ、50歳で新たなキャリアを切り拓いたAさんに、その経験について詳しく伺いました。
1990年に大手電機メーカーに入社。システムエンジニアとして大規模プロジェクトを率いるなど、28年間にわたり順調なキャリアを歩む。しかし40代半ば、未経験の再生可能エネルギー部門へ異動。この苦難の経験をバネに、50歳でエネルギー業界のベンチャー企業へ転職。その後も複数回の転職を経て現職。逆境を市場価値に変え、50代でキャリアを飛躍させた。
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大手メーカーでの安定と、予期せぬ転機

―まずは、これまでのご経歴について、詳しくお聞かせいただけますでしょうか。
はい。私は1990年に新卒で大手電機メーカーに入社いたしました。以来、2018年に退職するまでの28年間、その会社に在籍し、技術者としてのキャリアを積んでまいりました。
最初の20年ほどは、ケーブルテレビ関連の部署でシステムエンジニアとして従事しておりました。主な業務は、お客様であるケーブルテレビ局に対し、番組を伝送するための放送システムや、インターネット接続サービスを提供するための通信システム全体を構築することです。
具体的には、お客様の要望をヒアリングし、それを基にシステムの全体像を設計し、必要な機器を選定・調達し、現地で構築作業を監督し、最終的にお客様に引き渡すまでの一連の工程すべてに責任を持つ、という役割でした。技術的な知識はもちろん、プロジェクト全体を管理する能力も求められる仕事でしたね。
キャリアの後半、最後の8年間ほどは、地方自治体向けの公共事業に携わる機会を得ました。当時は、国の政策として、情報格差(デジタルデバイド)の是正が大きなテーマとなっており、全国の市町村で通信インフラの整備が急ピッチで進められていました。
私が担当したのは、まさにそのインフラ整備事業です。特に印象深いのは、九州地方のある離島全域に、私たちが持つケーブルテレビのインフラ技術を応用して光ファイバー網を敷設するという、国家的な大規模プロジェクトでした。
島の隅々まで、文字通り山を越え谷を越え、ケーブルを敷設していくのです。もちろん、実際の工事は専門の会社が行いますが、私たちはその元請けとして、設計から工程管理、地元との調整まで、すべてを担いました。
―一方、長年のキャリアの中で苦労したことはございますか?
45歳を過ぎた頃、全く予期せぬ形での社内異動を命じられました。それまで20年以上、一貫して通信分野を歩んできたのですが、会社の新規事業であった再生可能エネルギーの部署へ移ることになったのです。
これは会社の方針による辞令で、私自身、再生可能エネルギーや電力に関する知識は皆無でした。通信が「弱電」と呼ばれる低電圧の世界であるのに対し、電力、特に太陽光発電のような大規模な設備は「強電」と呼ばれる高電圧の世界。
同じ電気を扱うとはいえ、求められる知識、安全基準、そして文化も全く異なります。まさに畑違いの分野に、45歳にして、もう一度“ド素人”として飛び込むことになりました。
新しい環境は、想像を絶するほど過酷でした。まず、会議で飛び交う言葉が全く理解できないのです。
周りは当然のようにその言葉を使って議論を進めていく中で、私だけが取り残されていく。その疎外感は、ベテランと言われる年齢になってから味わうには、あまりに辛いものでした。
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50歳、初めての転職活動とその現実

―なぜ、50歳を前にして転職を決意されたのでしょうか?
直接的なきっかけは、会社の経営状態が著しく悪化したことです。連日のようにメディアでネガティブな報道がなされ、社内にも動揺が広がっていました。
早期退職制度の募集が始まり、昨日まで一緒に働いていた同僚が、次々と会社を去っていく。そんな状況を目の当たりにし、この会社に自分の未来を預けることに、強い不安を感じるようになりました。
また、私自身のキャリアに対する思いもありました。40代で苦労したエネルギー部門での経験も、残念ながら社内で正当に評価されているとは言い難い状況でした。このまま会社に留まり、やりがいを感じられないまま定年を迎えるよりも、外の世界に出て、もう一度自分の可能性を試してみたい。50歳という年齢は、新しい挑戦をするための最後のチャンスかもしれない。そう強く思うようになったのです。
―初めての転職活動は、どのように進められましたか?
何しろ初めての経験でしたので、右も左も分からず、まずは大手転職サイトに複数登録するところから始めました。
リクルートやビズリーチなど、有名どころは一通り登録したと思います。しかし、現実は厳しいものでした。
自分の市場価値を正しく認識できておらず、職務経歴書の書き方も不十分なまま、年収の希望欄には前職よりもかなり高い金額を記載していました。
大企業での役職や経験に対する、過剰なプライドがあったのでしょう。その結果は惨憺たるものでした。おそらく50社近くの企業にオンラインで応募しましたが、書類選考を通過したのは数えるほど。
ほとんどの企業から何の返信もいただけませんでした。不採用の通知メールが届くたびに、自分の価値が社会から否定されているような気持ちになり、自信を失いかけました。
―その厳しい状況を、どのように打開したのでしょうか?
このままでは埒が明かないと、希望条件を見直すことにしました。「現状維持」という現実的なラインまで引き下げました。
すると、徐々に状況が好転したのです。書類選考を通過する確率が上がり、エージェントの方からも「Aさんのご経験に興味を持っている企業があります」と、具体的な案件を紹介していただけるようになりました。自分の価値を客観的に見つめ直し、戦略を立て直すことの重要性を学びました。
―最終的な転職先の決め手は何だったのでしょうか。
最終的に、幸いにも二つの会社から内定をいただくことができました。一つは同業界の大手企業、もう一つは再生可能エネルギーに特化したベンチャー企業でした。最終的にはベンチャー企業に入社することになります。
それぞれ別のエージェントが担当していたのですが、この時のエージェントの対応が、私の決断に大きな影響を与えました。
大手企業を担当していたエージェントは、今でも鮮明に覚えていますが、私に対して開口一番、「最低いくらの年収なら入社しますか?」と尋ねてきました。
私は戸惑いながらも、正直にその時の年収よりも少し低い額を伝えてしまいました。すると、後日提示されたオファーレターには、まさにその最低ラインの金額が記載されていたのです。
そのエージェントは、私の利益を最大化するのではなく、いかに企業に入社させるか、という視点で動いているのだと感じました。そのエージェントの姿勢に強い不信感を抱き、その会社の内定は丁重にお断りいたしました。
一方で、ベンチャー企業を担当していたエージェントは、全く違いました。彼はまず私のキャリアや希望を丁寧にヒアリングした上で、「Aさんのご経験であれば、これくらいの価値があります」と、私自身が考えていたよりも高い年収を提示してくれたのです。
そして、「この条件で、私が責任を持って会社と交渉します」と力強く宣言し、見事にその通りの条件を勝ち取ってきてくれました。そういう背景もあり、ご紹介いただいたベンチャー企業への入社を決意した次第です。
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50代でベンチャーに転職、その後の働き方とは

―転職されたベンチャー企業では、どのようなご経験をされましたか?
まさに“カルチャーショック”の連続でした。28年間染み付いた大企業の文化とは、組織のあり方から仕事の進め方まで、すべてが180度異なっていたのです。
最も大きな違いは、社内にルールや決まったプロセスがほとんど存在しないことでした。前職では、例えば数万円の備品を購入するにも、稟議書を作成し、課長、部長、本部長と、何重もの承認プロセスを経る必要がありました。
しかし、転職先は当時まだ設立5〜6年の若い会社です。決まったフォーマットもなければ、明確な承認ルートもない。必要なものは、上長に口頭で説明し、承認を得られればすぐに自分で発注できる。このスピード感には、良い意味で大変驚きましたし、最初は戸惑いました。
また、働く人々のバックグラウンドも実に多様でした。前職では、ほとんどが新卒で入社し、同じ研修制度を経て育った、いわば“同じ釜の飯を食った”人間でしたから、ある程度の共通認識、「あうんの呼吸」のようなものがありました。
しかし、転職先は中途採用の社員ばかりで、新卒はほぼゼロ。特に金融系や不動産業界の出身者が多く、それぞれが異なるビジネス文化を背負って集まってきていました。メーカー出身の私とは、物事の考え方や優先順位が全く違うのです。
例えば、ある発電所の建設プロジェクトで、使用する部品の選定について議論になったことがあります。
私は、長年の実績と信頼性がある国内メーカーの製品を推奨しました。多少コストは高くても、長期的な安定稼働を考えれば、それが最善だと考えたからです。しかし、金融出身の役員は、「コストが半分で済む海外製の代替品があるだろう。スペック上の性能は同じなのだから、それで十分だ」と主張しました。
私にとっては「品質」が絶対的な価値基準でしたが、彼らにとっては「コスト」や「投資対効果(ROI)」が最優先事項なのです。どちらが正しいというわけではありません。事業を成功させるためには、両方の視点が必要なのです。
この価値観の衝突を通じて、事業全体を俯瞰し、多角的に物事を判断する視点を学ぶことができたのは、私にとって非常に大きな収穫であったと考えております。
―ご自身の知識不足を痛感することもあったのでしょうか。
はい、それはもう痛切に感じました。技術的な側面、特にエンジニアリングに関する知識では誰にも負けないという自負がありました。しかし、ベンチャーでは、一人のエンジニアとしてではなく、事業を推進する当事者として振る舞うことが求められます。その中で、私に決定的に欠けていたのが、会計や財務といったビジネスの根幹をなす知識でした。
大企業にいた頃は、自分が担当するプロジェクトの原価や売値だけを見ていればよかった。しかし、事業会社では、会社全体のP/L(損益計算書)やB/S(貸借対照表)を理解し、自分たちのプロジェクトが事業全体のキャッシュフローにどのような影響を与えるのかを把握する必要があります。
はじめはそれらに関する数字の意味がほとんど理解できず、愕然としました。自身の無知を恥じ、それからは必死に勉強しました。
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50代の2回目の転職では大きな環境の変化に自信喪失

―その後も転職を経験されていますが、2回目の転職の経緯について教えてください。
最初のベンチャーに5年弱ほど勤めた後、会社の所属部署が縮小するという方針転換があり、退職を決意しました。その際、声をかけていただいたのが、2社目となる歴史のある大手系列の会社でした。そこでは、働き方としては完全なフルリモートを経験でき、通勤時間がないというメリットは大きかったのですが、別の意味での難しさがありました。
まず、部長職として30人弱のチームをマネジメントしていたのですが、部下と直接顔を合わせることが一度もなかったのです。
オンライン上のコミュニケーションだけでは、相手の微妙な感情の機微や、チーム全体の士気を正確に把握することが非常に困難でした。また、歴史のある会社ならではの弊害として、意思決定が信じられないほど遅かった。何をするにも株主の意向を伺う必要があり、一つのプロジェクトを進めるのに、数ヶ月も停滞することがありました。
さらに、当時の社長が非常にワンマンな方で、すべてがトップの鶴の一声で決まる。現場からボトムアップで何かを提案しても、全く聞き入れてもらえない風土に、大きなストレスを感じていました。
結局、その会社には2年弱ほど在籍した後、現在の4社目となる会社に転職いたしました。これは、1社目のベンチャー時代に苦楽を共にした知人から、「新しい会社で、君の経験が必要だ。力を貸してくれないか」と、直接誘いを受けたのがきっかけです。
―初めての転職活動であれほどご苦労されたのに対し、2社目、3社目以降は非常にスムーズに転職できたのですね。その違いは何でしょうか?
その違いは、二つの点に集約されると考えております。
一つは、転職活動を通しての私自身の意識の変化です。1回目の転職活動では、まだどこかに「大企業へのこだわり」があったのだと思います。
希望の待遇も、50代以降の労働市場の状況を特に気にせず決めていたので、採用企業と大きなミスマッチがあったのだと思います。
しかし2社目のベンチャー企業で働いてからは、大企業へのこだわりもなくなり、「自分が活躍できる場所」を軸に転職を進めた結果、スムーズにできているのだと思います。
そしてもう一つ、再生可能エネルギーという成長分野で、10年以上にわたり専門性を高めることができた点もあるでしょう。
振り返ってみれば、40代のあの過酷な異動こそが、私のキャリアを大きく拓くターニングポイントだったのです。
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50代からのキャリア戦略と、未来への展望

―現在の会社では、どのような役割を担っていらっしゃるのですか?
役員という立場で、主に技術部門と事業開発部門を統括しております。会社が今、まさに急成長している段階にあるため、組織体制や業務プロセスなど、様々な部分に成長痛ともいえる歪みが生じています。
例えば、部門間の連携がスムーズでなかったり、評価制度が会社の規模に合っていなかったり、中途採用で入社した社員が早期に活躍するためのオンボーディングの仕組みが未整備であったり、といった課題です。
私の重要な役割は、そうした組織の歪みを一つひとつ特定し、会社がさらに健全に、そして持続的に成長していくための仕組みを整えていくことです。これまでの大企業とベンチャー、両社での経験を総動員して、この難題に取り組んでおり、大きなやりがいを感じております。
まずは、現在の会社で取締役としての任期が2年間ありますので、その任期を全うすることに全力を注ぎたいと考えております。
その後のことはまだ具体的には決めておりませんが、一つの可能性として、会社組織にフルタイムで属するのではなく、個人事業主のような形で、これまでの経験を活かして社会に貢献していく働き方も視野に入れております。
例えば、再生可能エネルギー分野に新規参入したいと考えている企業に対し、技術顧問としてアドバイスをしたり、若いエンジニアの育成に携わったり、といった形です。
実は、その準備の第一歩として、先日、個人事業の開業届を提出しました。もちろん、すぐに何かを始めるわけではありませんが、会社員として働いているうちから、将来を見据えて人的なネットワークを広げるなど、少しずつ準備を進めていきたいと考えているところです。
―最後に、今まさにキャリアに悩む50代の方々へメッセージをお願いします。
私自身の経験から申し上げますと、50代からでもキャリアの可能性は十分に拓けるということです。年齢を理由に、挑戦を諦める必要は全くありません。
大切なのは、まず、自分自身を卑下せず、これまでのキャリアを客観的かつ徹底的に棚卸しすることです。どのような環境で、どのような課題に対し、どのように取り組み、どのような成果を出してきたのか。それを具体的な言葉で語れるように整理しておくことが、すべてのスタート地点になります。
そして、新しい環境に飛び込むことを恐れない、チャレンジする気持ちを持ち続けることです。そのためには、常に学び続ける姿勢が不可欠です。人によっては語学かもしれませんし、最新のITツールかもしれません。年齢を重ねると、新しいことを学ぶのは億劫になりがちですが、その一歩を踏み出すかどうかが、大きな分かれ道になるのだと感じております。
自分の価値を正しく評価してくれる場所は、必ず見つかります。この私の経験が、同世代の方々が新たな一歩を踏み出す、何らかのきっかけになれば幸いです。




