独立前に「会社の外で活躍できる場所」を作っておくことが重要

50代、60代で独立を検討している方の中には「独立と言っても自分のスキルが本当に誰かの役に立つのだろうか?」と、悩む方も多くいらっしゃいます。 

このような悩みは社内にいても解消できず、社外に出ることで初めて自分の価値について知ることができます。

今回は東京海上日動火災保険株式会社で働きながら、東京大学、筑波大学、九州大学の非常勤講師や、海外の銀行・保険関連の団体のアドバイザーなどの副業もこなしていた牧野さんに、独立のために必要な準備についてお伺いしました。 

「社内ではなく、社外に活躍の場を作ることで独立後の仕事につながる」と牧野さんは語ります。 

独立を検討しているものの、どう動けばよいのかわからない方は是非参考にしてみてください。 

牧野 司 

1981年、慶應義塾大学経済学部を卒業後、東京海上火災保険株式会社に入社。金融情報システムセンターへ出向後、 東京海上日動火災保険株式会社に戻り、IT企画部・経営企画部・東京海上研究所にて勤務。定年後に独立し、慶応義塾大学、東京大学、筑波大学などで教鞭を執り、Qorusシニアアドバイザーや各種研究会の委員を務めるほか、国内外で講演、ワークショップ、コンサル活動を多数行っている。 

得意分野を最大限に活かすことこそ、生き生きと働く最大の秘訣 

―学生時代はどのようなキャリアを描きたいと考えておられましたか? 

中学・高校時代は、メーカーに就職して新しい機械の研究や開発をしたいと漠然と考えていましたが、大学卒業後に東京海上火災保険株式会社に入社しました。 

白状すると、東京海上は就職先として全く考えていませんでした。でも行ってみたら、受付の方から面接官の方までみなさんとても感じがよくて、なにしろ当時は就職人気No.1。その東京海上からなぜか内定をいただいたのでふらふらと入社してしまいました。今思えば恐ろしいことです。保険の仕事には全く興味がなかったし、性格的にも合いそうもなかったからです。 

でも入社後はIT部門に配属され、東京海上研究所で最先端のテクノロジーの調査・研究などを行い、現在は大学で最先端のテクノロジーを研究・開発している学生に教える立場になったので、結果的にはオーライだったと実感しています。 

―会社員時代に印象的だった出来事などはございますか? 

私が最も衝撃を受けた本の1つでもある『経営の未来』の著者ゲイリー・ハメル教授が主催する団体「Management Innovation Exchange」の論文コンテストに入賞し、サンフランシスコで世界中から集まった錚々たるメンバーの前で講演し、ハメル教授から本にサインをしてもらったことです。 

また、アメリカのシリコンバレーを拠点とするシンギュラリティ大学のエグゼクティブ・プログラムに参加し、5日間にわたってロボット、AI、バイオテクノロジー、環境、コンピュータなど、様々な未来技術について学べたことも嬉しかったですね。 

―すごい経験ですね!会社員時代に苦労された経験はございますか? 

会社員時代で最も幸福度が低かったタイミングがあり、その時は「苦手な仕事」をしなければいけませんでした。 

それは業務管理部で保険事務に関する様々なプロセスを効率化する仕事なのですが、そもそも管理的な仕事が苦手だった上に、従来の業務プロセスのまま進めたい業務管理部と、業務をより簡素化したい営業企画部の板挟みになるというストレスも相まって、個人的には最悪の時期でした。 

幸い金融情報システムセンターへ出向したので、その仕事を行うのは2年で終わり、しかも出向先では、かなり自由に仕事をさせてもらうことになりました。 

しかし、この出向期間も2年と決まっており、2年後には東京海上日動火災保険に戻らなければいけない。当時の上司に「もっとここにいたい、東京海上には戻りたくない」とダダをこねたら、出向先と同じような仕事を約束してくれたんです。そのため、東京海上に戻ってからも生き生きと自由に仕事ができました。 

業務管理部での超苦手な仕事と、金融情報システムセンターでの超得意な仕事、この2つの対極的なの経験を通して、人は得意分野でしか戦えないと学びました。「仕事は苦手なことでも我慢してやるから給料をもらえるんだ」という人もいますが、苦手なことを我慢してやっても、得意なことに比べて成果が出ないでしょう。努力や根性が評価されていた昭和とは違い、今は能力と成果が評価される時代です。競争相手も世界中にいます。苦手な仕事をいやいやながらやって勝てるほど世の中は甘くないぞと若い人には言っています。 

会社員時代から副業として行っていた仕事が、独立後につながっている 

―独立を意識したきっかけについて、教えてください 

50歳の頃から「いい話があれば転職してもいいかな」とは思っていましたが、当時の東京海上日動での環境があまりにも良かったので、それを上回る話がありませんでした。 

私は当時を「恐るべきフリーダム時代」と呼んでいるのですが、例えば「これをやりたい」と会社に伝えた時に「それは会社の利益になるの?」と言われた記憶がありませんし、15年くらい会社で怒られた記憶もないですね。 

外部からITをテーマにした講演を依頼されることもよくありましたが、内容について事前に会社に事細かに許可を取らなくてもよかったし、海外出張申請はだいたい即OKでした。しかも基本的に「お願いします」、「ありがとうございました」と言われる仕事ばかりだったんです。 

その時期は、ヘッドハンティング会社からお声も数多くかけていただいたのですが、当時の環境を伝えると「あ、それはすばらしいですね。ぜひ今の職場で頑張ってご活躍ください」と言われて話が終わりました(笑) 
 

―定年後は再雇用を選ぶ方もおられますが、牧野さんはいかがでしたか? 

再雇用は全く考えていませんでした。それまでの自由な環境がなくなり、毎日出社することや給料が激減することも踏まえると、私にとって現実的な選択肢ではなかったのです。 

また退職時点で大学の講師や講演の仕事、不動産収入、配当収入などが多少あったので金銭面の心配はそれほどなく、社外人脈もたくさんあったので「退職したら突然孤独」という心配もありませんでした。 

独立しても社内で自由に働いていた時と状況がそれほど変わらないことがわかっていたので、「独立を決意!」みたいな大げさな心境ではありませんでした。 

退職後には人から「自由になりましたね!」、「これからは自分の好きなことができますね!」とよく言われましたが、内心では「いや、今までも自由に好きなことやってたんだけど」と苦笑していました。 

―それで独立をされたのですね。独立前にはどんな準備をされましたか? 

社外での講演、ワークショップ、大学での講義などの「副業」を積極的に引き受けたり、国内外のカンファレンスにも積極的に参加し、人脈を広げたりするように努めていました。それが独立後の仕事に繋がっていますね。 

―そういった副業案件は、どういった経緯で始められたのでしょうか 

例えば筑波大学の客員教授になったのは、2007年に経団連が立ち上げた、大学におけるIT人材教育の改革プロジェクトに関わったのがきっかけです。大学のIT教育をするためには、ITとビジネスをよく知っている社会人講師が必要で、私にお声がかかりました。そしてそのプロジェクトで一緒だった方の推薦をいただいて東大の非常勤講師にもなりました。また様々な企業やカンファレンスでの講演など、いろいろやっているうちに評判が口コミで広がって「牧野さんは面白そうだから、この講演をしてもらおう」と社内外から声をかけていただく感じで、仕事が広がっていきました。 

―実際に独立される際、不安や葛藤、あるいは乗り越えるべき課題などはありましたか? 

現在の仕事は退職前からやっていたことなので、不安や葛藤は全くありませんでした。失業保険の手続きなどがちょっと面倒くさかったですが、それ以外は特にないですね。 

―独立する際には、やはり特別なスキルや経験が必要でしょうか? 

抜きんでたスキルは必要だと思います。何のスキルもない人に仕事を頼みたいとは思わないでしょう?(笑)でも、大谷翔平や藤井聡太のように、特定の分野で「何億人に1人」のずば抜けたスキルを持っている必要はありません。要は掛け算で、100人に1人のスキルを3つ持っていたら100万人に1人、4つ持っていたら1億人に1人しかいない存在になります。 

私の場合だと、 

  1. 保険の知識がある(保険会社に勤めていたから) 
  2. ITに詳しい(IT部門にいたから) 
  3. 英語ができる 
  4. 講演ができる 
  5. 講演で人を笑かすことができる 
  6. 日本の業界や社会の情勢に詳しい(日本人だから) 

というのがあります。これらを全部掛け合わせると、何と世界に1人ぐらいしかいないのですよ。実際世界のあちこちから講演の依頼がたくさん来ました。 

さて、上記の①、②、⑥は、スキルであると同時に「肩書」でもあります。()内の肩書があれば、その前に書いてあるスキルは「持っている」とみなしてもらえます。例えば私は東京海上日動に勤めていましたから、「保険に詳しい」と思われているわけです...詳しくないですけど(笑)。 

もちろん肩書がなくても、スキルを他人から認めてもらえばいいのですが、肩書があれば他人は勝手にそのスキルがあると思い込んでくれるので便利です。使えるものは使いましょう。 

組織に依存しない「うろうろアリ」や「猫タイプ」のビジネスパーソンをめざす 

―独立前を振り返って、「今思えば、やっておいてよかった」と思うことを教えてください 

やっておいてよかったことはたくさんありますが、その1つが社内に自分のファンを作ることです。私の場合は自分の意見や研究内容、おもしろいと感じた情報などをまとめ、社内に向けてメルマガを配信していました。 

続けるうちにだんだんファンが増えてきて、他部署の部長から「みんなに読ませたいから、配信先を部員全員にしてくれませんか?」という依頼が来たりしました。 

―社内にファンを作ると、どんな変化が起こるのでしょうか 

まず自分自身の変化としては、役に立ち、かつ面白いメルマガを書くために、常に情報収集をして、かつ、すごく勉強するようになりました。 

対外的な変化としては、社内に「牧野さんというおもしろい社員がいるそうだ」、「何か困ったことがあったら牧野さんに相談しよう」と言ってくれる人が増えたことです。 

仕事を得るには自ら情報発信をして、他の人に「この人は面白そうだ」、「この人はこういうことを知っている」と認知してもらうことが重要だと思います。 

―ファン作りの他にどのような準備をされましたか? 

他には組織に対する過剰な帰属意識を持たず、社内の方から理解されなくても恐れないように意識しました。 

また、社内の評価のモノサシで戦おうとしない、社内だけではなく、社外にも情報発信するなど、会社の外でも活躍できる場所を確保することも意識しましたね。 

独立する・しないに関わらず、社内だけに目を向けて、とどまり続ける時代ではないと思うんです。昔なら、会社は定年まで社員を守ってくれましたが、今はそうではありません。逆に、1つの会社にずっといる方が危険かもしれません。だから、私は多くのサラリーマンの方に「働きアリ」から「うろうろアリ」になりましょうと勧めているんです。 

―「働きアリ」と「うろうろアリ」はどう違うのですか? 

「働きアリ」は、以下のような特徴があります。 

  • 活動の場が会社 
  • 上司を見て仕事をする 
  • 肩書を使って自己紹介する 
  • 群れることで安心する 
  • 相手に勝つ競争を目指す 
  • チャレンジを恐れる 

過去のサラリーマン像ですね。 

一方、「うろうろアリ」は以下の特徴があります。 

  • 活動の場が社会全体 
  • 周囲を見て仕事をする 
  • 志で他己紹介(ある人のことを他の人に対して紹介すること)される 
  • 個人をベースに仕事をする 
  • 孤独を恐れない 
  • 相手と創る共創を目指す 
  • チャレンジできなくなることを恐れる 

「働きアリ」の方たちはずっと会社の中にいるので、外の世界が見えにくくなっていますが、外に出てみると「うろうろアリ」の方もたくさんいます。「世の中にはこんな面白い人たちがいるのか」、「こういうことをやってもいいのか」と知るだけでもいいので、「まずは外に出てみましょう」とお伝えしているんですよ。 

―牧野さんご自身は、もともと組織への帰属意識は低かったのですか? 

そうですね。会社でも学校でも、組織というものに対する帰属意識は低かったです。今年、出身校の野球部が夏の甲子園で優勝した時も、大喜びしているOBは結構いましたが、私はちょっと嬉しいかな、くらいでした。 

動物に例えるなら、集団への帰属意識が高くて命令に忠実な犬タイプではなく、一人で好き勝手なことをすることを好む猫のようなタイプかもしれません。でも私のような猫タイプは、意外と組織内にも多くいらっしゃると思います。組織に属する犬派が悪いというわけではないですが、脱組織が進むこれからの時代に猫タイプの方はより生きやすくなるはずですよ。 

講師やコーディネーターなど、多様な分野で活躍

―改めて、現在の事業内容についてお聞かせください 

現在は主に以下のような業務をしております。 

  • 東京大学の非常勤講師 
  • パリに本部のある、保険・金融イノベーションを推進する団体”Qorus”のシニアのアドバイザー 
  • 損害保険総合研究所が主催する損保総研本科講座(保険業界の若手向けの講義)の講師 
  • ISJ(Insurance School of Japan)講師 
  • ITコア人材ネットワーク交流会のコーディネーター 
  • 「次世代経営者育成コース」の講師 
  • IT協会「IT賞」審査委員 
  • 鳥取青翔開智中学校・高等学校のワークショップコーディネーター 
  • 早稲田大学のBusiness in Japanの講義 
  • 有料・審査制コミュニティの「顧問サロン」のメンバー 
    URL : https://www.komon-salon.com/  
  • 保険業界向けメルマガ「インスウォッチ」の配信 
  • 不定期の個人メルマガ「Makino’s eye」の配信など 

会社員時代、副業的にやっていたことがそのまま続いているので、クライアントもそのままという感じです。 

このようにさまざまな種類の仕事をいただいておりますが、独立後は 

  • 無理に仕事を増やさない 
  • 「これはいい!」と思った仕事だけする 
  • 依頼者の期待を3%以上、上回るような仕事をする 

ということを意識しています。 

―独立後、収入や忙しさの変化についてはいかがですか? 

忙しさは会社員時代の1/10程度まで激減しましたが、年収はピーク時の約半分。暮らしていくには十分です。逆に会社員時代は一体なにをしていたんだ?資本主義はこれでいいのか?と思う今日この頃です(笑)。 

―休日や余暇はどのように過ごされていますか? 

キャンピングカーで日本中を旅行し、時には車の中から仕事をしています。他には英語の発音やボーカルのレッスンを受けたり、ピアノの練習をしたり、今年の10月からはRIZAPも始めました。元気で遊べるのがあと何年かわからないので、思いきり楽しもうと思っています。 

好きな働き方ができる社会を実現し、「サザエさん症候群」に悩む人をゼロにしたい 

―講演・講義、コンサルティング、ワークショップなどの分野でご活躍ですが、今後、新たに計画されている活動はありますか? 

今まで若手向けにやっていた講演やワークショップを、シニア向けにアレンジしてみたいと思っています。 

―シニアを対象にする理由は? 

働くということにおいて、今、シニアが置かれている状況は満足できるものではないと思うので、改善に向けて何かできないだろうかと考えているためです。 

まず、現在は最先端のテクノロジーを使えば本当にいろいろなことができるので、少なくとも今、どんな技術があって、それぞれ何ができるのかをレクチャーしたいと思っています。 

例えばビットコインなら、1万円でもいいので、実際に買って使ってみるなど、「よくわからないから怖い」、「興味がない」という技術も実際に使ってみて、会社では見つけられなかった可能性を見つけ出す方法をシニアにも伝えたいですね。 

また、シニアは個人というより、チームや組織の一部として頑張るという考え方が染み付いている世代です。会社の一員としてではなく、個人として目立つ存在を目指して、どんどん自分を変えてほしいと思っています。長い会社生活を通じて培われてきた価値観をひっくり返すのはなかなか難しいですが、あの手この手でやってみたいと思います。 

―シニアの中には、「そういったワークショップは、一握りの人のためのもので、自分には関係ない話だ」と思う方もいらっしゃるのでは? 

厳しいことを言えば、「あの人は特別だから」と思った瞬間に、自分の可能性は消えてしまうんですよ。 

そういう方に対しては、「あなたは本当に特別じゃないんですか?」と問いかけたいですね。ネットがこれだけ広まった現在、どんなに変な能力でも、どこかにニーズがあるんですよ。 

例えば「犬の鳴き声の真似がめちゃくちゃ上手」という人がいたとして、SNSで発信したら絶対に需要がありますよ。「先日亡くなったうちの愛犬の鳴き声を再現してほしい」とか、「今度ビッグサイトで開催されるペットフェアでなにかイベントをやってほしい」とか言ってくる人が出てくるかもしれません。だから自分の能力がつまらないものだなんて、思わないでほしいんです。 

欲を言えば、片言でもいいから英語ができるといいですね。日本語に加えて英語でも発信すれば、視聴者は何百倍にも増え、それだけチャンスも広がります。 

―50代・60代の方で、自分の強みについて悩んでいる方も多いのではないかと思いますが、見つけ方についてアドバイスをお願いします 

自分の強みは自分ではなかなかわからないので、身近な人に聞いてみるのが一番手っ取り早いかもしれません。他には、自分の強みを探るツールや書籍を試してみるのもいいと思います。例えば「ストレングスファインダー」という才能診断ツールや、『世界一やさしい「やりたいこと」の見つけ方』(八木仁平著/KADOKAWA)という書籍はお勧めですよ。 

―仕事において、どのような未来を創っていきたいと思われますか? 

仕事がいやだ、つまらない、月曜に会社に行くのが憂鬱だ、という人を一人でも少なくしたいと思っています。わたしはそれを、「この世からサザエさん症候群をなくしたい」という言葉で表現しています。 

自分自身が新しい働き方を楽しく実践し、メルマガや講演、ワークショップで新しい考えを広め、新しい働き方を提案・実践している人たちとコラボレーションして、最終的に誰もが好きな場所で、好きな時間に、好きなことができる社会を実現していきたいですね。