独立のために作るべきは「この人なら間違いない」という信頼感をベースにしたネットワーク  

独立を検討している50、60代の方の中には、会社の看板がなくなることに対して不安を感じる方も少なくありません。

今回取材したのはSONYやBest Buy USA、Amazon Japanなどに勤務し、海外勤務の経験も豊富な村井良二さん。現在は様々な企業や自治体の顧問を務めておられます。  

大企業を40代半ばで辞めて転職したり、海外でレイオフを経験したりと、波乱万丈のキャリアを経て、「独立したら、自分自身が会社そのものになる。だからこそ信頼される存在になることが大切」と話してくれました。  

リノス株式会社
村井良二

学習院大学法学部卒業後、SONYに入社、オーディオ事業部の商品企画室に配属。その後、アメリカのBest Buy USAに転職し、リーマンショック時にレイオフを経験。その後、日本国内にてコンサルタントとして活動し、HTC Nipponの日本法人の代表、Amazon Japanでのメディア事業本部の担当副社長などの経験を経て独立。現在は様々な企業や自治体の顧問として活動中。

45歳で大企業から海外企業へ転職

―これまで誰もが羨むような輝かしいキャリアを歩まれておりますが、学生時代は、どのような学生でしたか?  

昼間は授業にも出ずパチンコをするなど、かなり不真面目な学生でしたね。ただ、ゼミと英語サークルには一所懸命に取り組んでいました。将来は英語を使った仕事をしたい、法学部だし外交官もいいなと思っていました。とはいっても、そのように思ったのは、「いろんな国に行ってみたい」とか「世界中の人とビジネスをしてみたい」とか、そんな甘い考えからですが。 
  

―大学卒業後はSONYに入社されていますが、入社後はどのようなお仕事をされていたのでしょうか? 

入社当時は海外営業勤務を希望しておりました。しかし、入社前の英語のテスト中、急な腹痛に襲われトイレで過ごすことに。英語には自信があったにも関わらず、結局ほとんどの問題を解けずに終わってしまいました。そのようなトラブルもあり、海外営業勤務は叶わず、オーディオ事業部の商品企画室に配属されました。技術的なことは全く興味もなく、不得手だと思っていたので入社してしばらくは全く使い物にならない社員だったと思います。 

入社2年後に担当の仕事を任されるのですが、自分が企画した商品が如何に素晴らしいかを販売会社にプレゼンすることに面白みを感じ、元々嫌いだった技術の勉強に入れ込むことになりました。 

結果として企画、技術、マーケティングを勉強する良い機会を得ることになりました。海外営業勤務になっていたら、このようなことにはなっていないと思います。自分の意思次第で運命は変えられるのだとこの時実感しました。 

―その後、45歳でBest Buy USAに転職されていますね。  

今でこそ40代での転職は珍しくないですが、当時は45歳で、しかも初めての転職をする人は周囲にいませんでした。同期にも「お前、何考えてんの?」と言われたり(笑)。  

―確かに、当時40代で大企業から転職と聞くと、「もったいない」と思う方も多かったと思います。  

当時は商品企画部長もやっていて、社内でも名前がちょっとは知られていたんですね。それなのに「退職したい」と言い出したものですから、皆に止められまして。その時に、「会社に必要な人材になれているということは、会社を辞めても通用するんじゃないか?」と考え、そのまま転職しました。  

―そもそも、なぜ転職したいと考えられたのでしょうか?  

会社でそれなりの肩書がつくと、だんだん周りが私の企画に反対しなくなって、スムーズに通っちゃうんですよ。この状況は会社にとってもよくないと思ったことがきっかけです。というのも、周囲は企画の本質を見極めて判断しているのではなく、「村井さんが良いって言ってるんだから間違いないだろう」みたいな感じになっていたんです。  

転職を決めたもう1つの理由は、入社以来23年間、ずっと商品企画を専門に働いてきたので、いわゆる「専門バカ」になってしまうのではないかという懸念もありました。商品企画という職種はとても重宝がられますが、将来が不安だったんです。  

「村井さんは企画が天職なんだから、ずっと続けるべき」と会社の皆に言われましたが、それは私が望むところではありませんし、もっと仕事の幅を広げようと考えました。  

―転職先にアメリカのミネソタ州に本社を置く世界最大の大手家電チェーンのBest Buy USAを選ばれた理由は?  

Best Buy USAに転職した理由は、元々ソニーの得意先ではオーディオやビデオを中心とした商品を取り扱っており、それらの知識については危惧がなかったこと、そして何よりもお客様の近くで商売そのものを経験したかったからというのが大きいです。 

まさかのレイオフを経て、再び海外企業の代表者へ

―Best Buy USAでは、どのようなお仕事をされていたのでしょうか。  

Best Buy USAは現在、アメリカ全土に展開している唯一の家電量販店ですが、そこで最初はVendor Relation担当として勤務し、その後プライベート商品担当役員となりました。仕事は順調だったのですが、2008年のリーマンショックで事業部が丸ごと消えてしまったんです。  

アメリカの映画のように段ボール箱に私物を入れて、「午後3時までにオフィスから出てくれ」という経験をしました。その時に「世の中、何が起きても不思議じゃないんだな」と実感しましたね。  

―レイオフ後はどうされていたのですか?  

ニューヨークで1年間ブラブラしていましたが、お金がなくなって日本に帰り、個人で1年ほどコンサルタント業をやりました。その後でHTC Nipponという、台湾のスマホメーカーの日本代表を務めたんです。HTCではKDDIと共同で「HTC J」というスマートフォンを開発するなどの業務を行いました。

―なかなか波乱万丈ですね!  

周囲から見るとそうかもしれませんが、私は全ての経験が楽しかったです。実際、ピンチな場面では焦るのですが、同時に、どこか冷めているもう1人の自分がいて、翌日にはだいたい忘れちゃうんです。高田純次みたいないい加減な親父ですよね(笑)。このような波瀾万丈なキャリアを積むにつれ、ますます逆境を楽しめるようになっていきましたね。  

理不尽な人事……納得できる仕事をするため独立を決意 

―HTC Nipponの代表取締役社長からAmazon Japanへ移られていますが、その時はどんなお仕事を?  

メディア事業本部の担当副社長として、書籍やテレビゲーム、PCソフトなどを取り扱っていました。日本のメディア部門は順調に売り上げが上がっていましたが、アメリカ本土では減少していて、Amazon本社が「メディア部門を、副社長管轄からディレクター管轄に変更する」と決定したんです。  

つまり、私は副社長からディレクターにランクダウンということになりました。赤字ならともかく、日本に関しては売り上げがガンガン上がっているのに、なぜそんなことになるんだと納得がいきませんでした。組織の理論という理由だけで筋が通らないことをされるのであれば、独立しようと考えたんです。  

―転職ではなく、独立だったのですね。当時、不安などはなかったのでしょうか?  

Best Buy USAとHTC Nipponの間に一度、独立の経験がありましたから、不安はさほどありませんでしたね。それに、会社の都合で意に染まない対応をされたので、自分が選んだクライアントと、好きなやり方で仕事ができる、独立するとそれがすごくいいなと思っていました。  

―好きなやり方というのは、どういうことでしょうか。  

自分で事業を立ち上げることもできるし、誰かのビジネスをサポートしてもいいという、柔軟なやり方を選べるということです。さらに業種にもこだわらなくていいので、いわば全てがやりたいことの対象になるんじゃないかと。  

企業に比べ、資金などに制約はあるものの、仕事のやり方は非常に自由です。私にとってはそこが大きな魅力ですね。  

―では独立に関する「壁」といいますか、特に障壁などはなかったのですね。  

わからないことがあれば詳しい方に質問したり、書籍やインターネットで調べたりする性格なので、壁と思うことはありませんでした。  

とはいえ、不安や障害が壁に思える気持ちもわかります。そんな時は、「壁には意外とほころびがある」と思うといいんですよ。小さなほころびから壁を少しずつ崩していくと、いつしか壁がだんだん小さくなってきます。小さくなったら一気に崩すとか、あるいは飛び越えてしまうとかね。  

大きく思える壁も、そんな風に小分けにしてつぶしていくという癖を持つといいと思います。  

作るべきは、人脈+信頼で仕事を依頼されるネットワーク

―あらためて、村井さんの業務内容について教えてください。  

現在は企業や自治体の顧問業務をやっております。そのなかでも出版や印刷などが得意分野です。自治体もリノス株式会社として3ヶ所対応していまして、例えば山形県で道の駅の活性化や商品開発、関係人口(特定の地域に多様な形でかかわる人)づくりなどのアドバイザーなどもやっております。  

出典:
山形県西川町「リノス株式会社 村井良二さんが地域活性化起業人に着任されました!」
https://www.town.nishikawa.yamagata.jp/chomin/2023-0424-1834-122.html

―独立前にどんな準備をしましたか?  

すごく単純なことでいえば、名刺の整理をしました。それから小学校~大学までの知り合いから、近隣の人まで繋がりを再確認しました。  

独立を考えている方にアドバイスするとしたら、財務諸表をきちんと読む力を持っていた方がいいと思います。バランスシートやPL、キャッシュフロー計算書を読めれば、クライアント企業の強みや弱みなどもつかめますから。  

―独立後に注意していることはありますか。  

ネットワークを有効に活用することです。ただの人脈ではなく、信頼のネットワークですね。相手をただ知っているだけではダメで、仕事をサポートしてくれる人からの信頼を得なければいけないし、その信頼にきちんと応えなければならないと考えています。  

会社員は、会社という殻で守られているので、うっかり信頼を損ねることをやってしまっても守ってもらえます。独立すると、その殻も自分で作らないといけないし、最終的には殻自体も自分自身になる。だから、どのくらい周囲から信頼してもらえるかに尽きるんですよ。  

仕事のノウハウだけでなく、「あの人に任せておけば大丈夫、間違いない」という信頼をどう作っていくかが重要だと思っています。  

また、自分が全く経験したことのない業種の企業との仕事は避けています。プロフェッショナルがたくさんいる中で、ど素人が入っていけるほど、独立は甘くありません。特に独立したばかりとか、初めての独立とかは、未経験分野はやめた方が賢明です。  

独立して、ある程度仕事の感覚がつかめてきたら、「やったことはないけれど、やりたくて仕方がない」、「実は好きでたまらなくて、ずっと追いかけてきた分野がある」など、パッションを優先させるのもアリだと思いますが。  

―会社員の頃と比べて、収入や忙しさに変化はありましたか?  

収入については、Amazon Japanではそれなりの給与があったので、それに比べると減りましたが全く困ってはいません。むしろ理想通りの仕事ができているので、不満はありません。  

忙しさについては、今はまだ少し余裕があります。ただ近々、アメリカでの仕事も予定しているので、それが始まると収入面でも忙しさでも変化があると思います。  

―顧客獲得の方法について教えてください。  

独立時には、ネットワークの掘り起こしをしました。例えばAmazon Japanで一緒に働いていた人に「独立して顧問業を始めます」とメールを送ったり、電話をしたり。その他に、友人を誘った飲み会で独立を報告しました。後は、Beyond Ageさんのような顧問会社から紹介してもらったりしています。  

こだわるのは、仕事の規模より心から「やりたい」と思えること  

―これから取り組んでみたいお仕事はありますか?  

もう一度、海外で働いてみたいと思っています。予定しているのはハワイとニュージーランドです。ハワイでは不動産を、ニュージーランドでは、小さくてもいいからワイナリーをやってみたい。仕事の規模を拡大するというより、やりたいことを実現させたいという気持ちの方が強いです。いずれは日本を含めた3拠点で仕事をするのが目標ですね。  

―今後の展望についてお聞かせください。  

自分の好奇心を満足させられる仕事をずっと続けていきたいです。仕事の規模を拡大するというより、好奇心のおもむくままに仕事ができれば満足ですね。  

―どんなクライアントを支援していきたいですか?  

先方のニーズと、私がやりたいと思っている部分が合致すれば、業種にはこだわりません。なので、この記事を読んで興味があるという方は、お気軽にご連絡ください。  

―最後に、独立を考えている50代・60代の皆さんに、メッセージをお願いします。  

独立をするうえで必要なことは、場当たり的な仕事だけだと長続きはしませんし、財政的にも常に不安が付きまといます。PDCAサイクルをつつがなく進められるようにするためにも一番大切なものがプランニングになります。短期と中期のビジネスプランを作り、それを4半期・半年ごとに見直しをしてください。Plan Aだけでなく、常にPlan Bを作っておくことも重要です。 

また財政的にはPL・BS・キャッシュフローすべて重要なのですが、キャッシュフローに目を配りながらBS健全化ということを最重視して考えるようにされるとよいと思います。