30〜40代でがむしゃらに働いても、50代になると、「このまま定年まで同じ会社で働き続けて良いのか」「別の人生があるのではないか」と不安になることもあるでしょう。今回は大手電機メーカーで28年間勤務したのち、50歳で早期退職を決意し、個人事業主として独立したDさんに、待ち受けていた現実についてお話を聞きました。
Dさんのプロフィール:
1993年から大手電気メーカーで28年勤務したのち、50歳で早期退職を決意し、転職活動をおこなうものの、最終的には個人事業主として独立。2021年からの2年間、個人事業主として企画系のコンサルティングを請け負う。2023年に再び転職し、現在は中小企業の工業メーカーで企画開発管理者として勤務している。
50歳で転職を決意した理由とは
大手電気メーカーから個人事業主へ
ーご経歴について、教えてください。
新卒で大手電機メーカーに入社して、2021年までの28年間、商品企画に携わっていました。早期退職を決意したのは、50歳になるタイミングでした。転職活動もおこないましたが、希望する転職先が見つからず、最終的には個人事業主として独立し、企画コンサルティングの仕事を請け負うようになりました。しかし、それも2023年の11月末までの2年で契約が終了し、昨年、2度目の転職をして、中小企業の工業メーカーで勤務しています。
退職する3年前から転職を考え始めた
ー大企業を辞めて転職を検討したのは、前職での仕事に不満があったからでしょうか。
前職に不満があったわけではなく、「このまま1つの会社で働いて、人生終わって良いのかな」と漫然と考え始めたのが理由です。仕事ですから、多少のストレスや不満はあっても、総合的にはすごく良い会社でした。
転職について考えるようになったのは、2014年から2017年までの海外赴任がきっかけです。その国では、一緒に働く人たちが、ステップアップのためにどんどん転職していくんです。それまで私は、転職をネガティブに考えていたのですが、海外では転職をポジティブに捉えている。
例えば、ある人が給料2倍の会社に転職すると言うと、同僚たちは「あなたが会社からいなくなるのは残念だけど、おめでとう!」と温かい言葉で見送るんです。転職に対する価値観をガラッと変えられた経験でした。
このような光景を見て、「人生100年時代とも言われているのに、このまま1つの企業だけで終わって良いのだろうか」と、考え始めました。「ポジティブに考えると、まだ人生の半分地点なのかもしれない。もっとチャレンジしても良いのではないか」と。駐在が終わる直前には転職を意識し始めて、情報収集したり転職活動するようになりました。
早期退職のきっかけは、知人が立ち上げたスタートアップ企業
ー早くから転職を意識していたにもかかわらず、すぐには退職されなかったのですね。
2017年から50歳になるまでの約3年間、複数の転職サイトに登録して、転職活動を続けていました。内定が決まりそうになった企業も3社ほどありました。ただ、企業が求める人材と私がチャレンジしたい仕事がマッチせず、転職には至りませんでしたね。前職が嫌で転職したいわけではなかったので、魅力を感じる会社に出会うまで待とう、と考えていました。
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ー50歳を機に個人事業主へと転身されたのは、特別な理由があったのでしょうか。
1番の後押しとなったのは、会社が早期退職者を募集し始めたことです。退職金も、50歳で退職すれば上乗せされるという話でした。ただ、それだけで退職の決意を固めたわけではありません。その後の収入の目途が立っていた、という理由もあります。
というのも、同じ会社で働いていた知人が先立って退職し、スタートアップ企業を立ち上げており、前々から「手伝って欲しい」と言われていました。話を聞いてみると、ぜひチャレンジしたいと思うようになり、業務委託契約で働くことにしました。資金面が不安定なスタートアップのため、正社員として雇用するのは難しいので、業務委託で仕事を依頼してくれるという話でした。
「ここで働きたい」と思った仕事先が見つかり、また「早期退職者の募集」という会社の後押しもあって、前向きな気持ちで早期退職を決断しましたね。
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懸念点は収入の3割減
ー業務委託での仕事が決まっていたとのことですが、収入面での不安はまったくなかったのでしょうか。
正直、収入面での不安はゼロではありませんでした。知人の会社と業務委託契約を結んだものの、それだけだと前職の収入の7割程度にしかなりませんでした。最低限の生活費用はまかなえますが、十分とはいえません。
子どももまだ学生で、住宅ローンも残っているので、減額した分を補うための仕事を探さなければいけませんでした。ただ、退職金も上乗せで支給され、多少の貯蓄もあったので、「お金が尽きるまでには、なんとかなるだろう」と楽観的に考えていました。
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50代で個人事業主へ。待ち受けていた現実とは
なかなか案件を受注できなかった
ー知人からの業務委託で、前職の収入の7割は安定して確保できたのですね。残りの3割については、順調に仕事を受注できたのでしょうか。
現実問題として、なかなか新規の仕事を受注できませんでした。独立して、いくつかのビジネスマッチングサイトに登録したのですが、すぐに仕事が舞い込んでくるわけではありませんでした。考えが甘かったですね。
残りの3割を稼ぐために、週3日は知人のスタートアップ企業で働き、2日は営業活動をしていました。とはいえ、個人事業主だった2年間で、受注できた大型案件は4件だけでした。そのうち3つは前職の付き合いで受注した仕事で、自分で見つけた案件は1件のみです。知人のスタートアップ企業の仕事以外は、ずっと不安定でした。
大手企業で働いていた頃のありがたみを感じた
ー新規受注がなかなか取れなかったとき、どのような心境だったのでしょうか。
大手企業の看板なしで仕事をすることの大変さを痛感しました。
こちらが個人事業主だとわかると、相手が手のひらを返したような態度を取るのです。仕事の話が進んだにもかかわらず、最終契約までいかないこともありました。見積もりや支援内容も決まったのに、途中で連絡が途絶えることもあります。メールを送っても返信がなくて、催促してもまったく音沙汰なしでしたね。
前職ではこういった扱いを受けた経験がなかったので、驚きましたね。個人事業主だと、信用してもらうこと自体が難しいのだと感じました。大手企業にいたときは、会社の名前だけで信用してもらえましたから。ありがたい環境で働かせてもらっていたんだな、と身にしみて感じました。
個人事業主を辞めて中小企業の工業メーカーへ転職
業務委託の収入が前職の収入の7割から1割に激減
ー個人事業主を辞めて、現在勤務している会社へと転職されています。決め手は何だったのでしょうか。
個人事業主を始めて2年経ったとき、状況が変わり始めました。知人のスタートアップ企業に出資していたファンドが解散したんです。そのとき、知人が思い切ってすべての株を買い取り、完全独立することになりました。完全独立するとファンドという支援がなくなるので、資金的には厳しい状況になります。
そのタイミングで、知人の会社からの業務委託費用が、前職の収入の7割から1割程度にまで減りそうだとわかりました。しかし、残りの9割を補う仕事を、自分で探すのは難しい。
そこで、再び会社員に戻って9割を給与で、1割を副業で稼ごうと決めたんです。本気で転職活動を始めたのが昨年の6月で、8月には今の会社への就職が決まりました。
ー3か月で転職先が決まったというのは、比較的スムーズですね。どのように活動されたのでしょうか。
スムーズに転職が進んだのは、運もあると思います。あえて言うと、3つのポイントを押さえて転職活動を進めました。1つは今までの経験が活かせる仕事であることです。
2つ目は待遇面での妥協です。前職の大手企業より下がっても良いけれど、知人の会社の業務委託費用よりは高い給料であることを基準に仕事を探していました。
3つ目は副業がOKの会社であること。細々とした仕事でも、知人の会社からの業務委託を続けたかったのが理由です。
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ー現在の会社での勤務は、順調ですか。
今まで培ったスキルや知識を使って、やりたい仕事をさせてもらっています。今の会社は中小企業なので、前職の大手企業とのギャップを感じます。とはいえ、個人事業主も2年経験しています。大手企業と個人事業主のちょうど中間のイメージで、これまでの経験を活かしやすいですね。
副業に関しても社長と専務が理解を示してくれているので、順調と言えるのではないでしょうか。
あと20年はチャレンジしたい
働き方にはこだわらず「何をやるか」が大切
ー大企業から個人事業主を経て、現在の中小企業に至るわけですが、今後のキャリアプランはどのようにお考えでしょうか。
今までの経験を活かして、前職で駐在していた国で、事業を起こせたら良いなとも思いますね。今働いている会社ともつながりが強い国なので。現地に、工場や営業本部があるんです。そういう意味でも、やりたいことをやらせてもらっています。将来的には、今やっている仕事を自分の事業にできたらすごく良いだろうな、と。
1人で事業を起こしても良いし、誰かと協力しても良いし、どんな形であれチャレンジしたいですね。転職を2回経験して、「これからは、働き方にこだわる必要はない」と考えるようになりました。チャレンジしたいことに当てはまるのであれば、フリーランスや個人事業主でも、大企業に戻ったって良いじゃないか、と。
ー将来的な目標として、起業が視野に入っているのは、個人事業主を経験されたからこそでしょうか。それとも、前職のサラリーマン時代から、「起業したい」思いがあったのでしょうか。
個人事業主のときに受けた影響が大きいと思います。当時はスタートアップ企業に出入りしていて、起業家さんたちと話す機会が多かったんです。彼らの苦労話や成功事例などを聞いているうちに、起業について自然に意識するようになりました。
この感覚は今でも続いていて、頭の片隅で「どこかにチャンスはないかな」と、うかがっているようなところはありますね。今、54歳ですけれど、少なくとも20年くらいのスパンで、何かチャレンジできればと思っています。そのためにも健康でいなければいけないんですけど。
よりよい将来に向け、独立に踏み切る50~60代のビジネスパーソンが増えています。独立のハードルは昔より低くなっていますが、その一方で定期収入がなくなる、顧客獲得に自信がないなどの不安から決断できない人が多いことも事実です。 &n[…]
50代で転職を考えている方へのアドバイス
ー転職を考えている方へ向けて、アドバイスがあれば教えてください。
企業とのミスマッチを避けるためにも、希望する業務内容を、具体的に伝えることが大切です。これは、1回目の転職のときの教訓でもあるのですが。同じ職種名でも、想定している業務内容と異なるケースがあるんです。
例えば、私が前職で携わってきたのは「商品企画」。具体的な業務内容は、市場調査や顧客のニーズの洗い出し、商品のコンセプトを固めることでした。具体的に商品にしていくのは技術部や開発部で、担当が分かれていました。ところが、中小企業にとっての「商品企画」は、開発の役割も担っているパターンが多いんです。開発の図面を描く人が企画もやっている、といったイメージです。私の感覚では、「商品企画」ではなくて、技術部の仕事なんですけれど。
業務範囲だけではなく、上下関係も同じです。私は、管理職として商品戦略を組み立てていくような立場で、勤務したいと思っていました。ですから、「商品企画責任者」という職種に応募したのに、蓋を開けてみると、実務者のリーダーだったり。
私のイメージしている仕事内容と、企業側とのギャップがあるんですよね。相手はもっと実務ができる人材を求めていたんです。「実務の仕事を8割、リーダー的な仕事を2割してください」と、書いてあればわかりやすかったんですけど。
そのような1回目の失敗もあって、2回目の転職では「仕事内容」についてはかなり注意しました。募集やスカウトが来ても、転職エージェントと話す段階で、先方との認識の違いがないか確認していました。ミスマッチのない企業にだけ応募していたので、効率よく転職を進められたのかもしれません。
「どう生きたいか」について考えるきっかけにする
ー50歳で早期退職を検討している方に向けて、アドバイスやメッセージをいただけますでしょうか。
人生100年時代と言われている中、50歳はまだ人生の半分。折り返し地点ですよね。人生、まだ半分あるわけです。残り半分の人生を1歳からスタートすると考えると、あと1回くらいはチャレンジできるんじゃないかと思うんです。
ですから、50歳という年齢を、「これからどう生きていきたいか」について、見つめ直すきっかけにしたらどうでしょうか。見つめ直した末に、「今のままがんばっていこう」でも、「チャレンジしたいから転職・独立しよう」でも、その人それぞれの正解だと思います。
ただ、50歳ぐらいの年代は、家のローンや教育費など、現実的な事情を抱えている人も多い。ですから、チャレンジするにしても、バランス感覚が必要かなと思います。
ーバランス感覚が必要とは、具体的にどのようなことでしょうか。
若い人に比べて、50歳は現実と理想のバランスを考えないといけないなと。やりたいことがあるからといって、闇雲にすべて放り出して走り出すのはおすすめしません。
踏み出す前に、最悪の状況を考えてみたほうが良い。転職や独立が失敗したら、最悪どういう状況になりそうか。それでもチャレンジしていいのか、など。
私が独立を決めたときで言うと、仕事が1件も取れなかったとしても、知人のスタートアップ企業との契約が最低ラインとして約束されていました。経済面で言えば、退職金が一時金として入ってくる。これらの保証があったからこそ、踏み出せました。
20代や30代であれば転職や独立で失敗しても、まだやり直す余裕があります。ただ、50歳で失敗してしまうと、次のチャンスがめぐってくるかどうか確実ではありません。現実的にリスクマネジメントしつつ、チャレンジしていくことが重要だと思います。
まとめ
今回は2度目の転職を成功させ、工業メーカーで企画開発として働くDさんのエピソードを紹介しました。
Dさんの事例からもわかるように、現実的なリスクマネジメントをした上での独立も、必ずしも成功するとは限りません。「チャレンジしたいこととマッチしているなら、働き方は重要ではない」とDさんは言います。仕事が上手くいかないと感じたら、フリーランスや、中小企業・大手企業への転職、もしくは副業など、自分に合った働き方を模索するのも一つでしょう。