50、60代で独立を考えられている方の中には、漠然とした不安を抱えている方も少なくないでしょう。
今回の取材では、「新條社労士・FP事務所」と「HR・ライフキャリアコンサルティング合同会社」代表を務める新條さんに、独立に至った経緯や独立後の働き方についてお伺いしました。
新條社労士・FP事務所
HR・ライフキャリアコンサルティング合同会社代表
新條 千佳子
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津田塾大学国際関係学科卒業後、株式会社JTBに入社、営業管理職として17年間勤務。その後アリコジャパン(現メットライフ生命保険株式会社)に転職、人事管理職を17年間勤め上げ、5000人以上のビジネスパーソンの能力開発に関わる。その後、インテリジェンス(現パーソルキャリア株式会社)に転職、面接対策コンサルタント業務を担当し、5年で6000人の転職支援に係わる。その後、2019年に独立し、新條社労士・FP事務所を設立。2020年にはHR・ライフキャリアコンサルティング合同会社を設立し、現在は複数の企業の顧問社労士として、また個人向けのファイナンシャルプランナーとして活動中。
営業と人事を軸に旅行、保険業界でキャリアを築く
Q. 旅行会社に新卒入社後、どのような社会人生活をスタートしましたか?
私が学生の頃は、女子学生がエントリーできる企業や職種は非常に限られていました。
大学在学時に在籍していた旅行関係のクラブの顧問が、旅行会社の受験票を手配してくれていたのをきっかけに、JTBに就職。入社した1979年当時は、男女雇用機会均等法が施行される前でしたので、私だけでなく、四年制大学を卒業したすべての女性が短大卒として入社しました。今からするととても考えられない話ですよね。
しかし、幸運なことに、営業職は人事などの他の職種とは違って、数字こそが「絶対的評価」であり、数字さえ取れれば「男だから」「女だから」と問われることはありませんでした。
入社後に配属されたのは海外旅行を取り扱う支店で、海外旅行の中でもニッチマーケットの開拓担当となり、比較的数字が作りやすい状況でした。
また私の夫はサラリーマンではなく自営業で、私が家計の責任を負うという立場であったため、とにかくがむしゃらに頑張った結果、入社して10年目に係長にあたる「グループリーダー」に昇進しました。
Q. 旅行業界から保険会社に転職することになった経緯をお聞かせください。
正直なところ、JTBから転職しようという気持ちは微塵もありませんでした。しかし、入社してから17年ほど経ったときに「このまま働き続けるとまずい」と感じるようになったのです。いわゆるメンタル的な病気にかかることを心配するようになりました。
その当時、私の息子はまだ保育園に通っている時期でもありましたので、給料や成績だけにフォーカスするのではなく、今後の働き方についてもしっかりと考える必要がありました。
旅行業は他の業界と比べて、少し激務な傾向がありましたので、少しでも働きやすい環境が整っている業界への転職を検討し始めました。もちろん、JTBで定年まで勤め上げるつもりでいましたので、他の業界の知識はなく、全くリサーチしていない状態でしたが、調べていくうちに「金融業界」が働きやすい業界だということがわかってきました。
ただし、金融業界に転職したいと思っても、その業界で仕事ができるかは全く別問題の話。その当時、私は38、9歳で、もちろん転職経験もありませんでした。
その状況でも応募できる業種には生命保険や損害保険が多く、最終的にアリコジャパンとご縁があり、入社することになりました。
Q. アリコジャパンに転職後、営業教育トレーナーを経て人事の仕事をされていますが、その仕事を選んだ理由は何だったのでしょうか?
アリコジャパンでは営業教育トレーナーとして採用されました。生保業界は未経験といえども、これまでの営業経験を生かした社員教育ならできるのではないかと考え、この職種での入社を決めました。
営業教育のトレーナーとして経験を積んでいくうちに、人事部に配属され、配属後は管理職のポジションも与えられました。
Q. FPや社労士の資格は、アリコジャパンの在籍中に取得したのですか?
はい、そうです。私が営業教育担当としてトレーニングする相手は、保険代理店の方や保険販売をする社員の方ばかりです。その当時、私は保険に関する知識がほとんどなく、社員教育を担当するには知識をつける必要がありました。
そのような背景から資格を取得することを決意し、会社側のサポートもあって、AFPの上位資格であるCFP資格を取得しました。
またより詳しい内容を学ぶために、国家資格である「社労士」の資格を取得することも決意し、仕事や家事・育児をしながら勉強に時間を費やし、無事取得できました。今思い返すと、ハードな時期を乗り越えてでも資格を取得して本当によかったなと感じています。
リーマンショックをきっかけに57歳でリストラを経験
Q. 17年間勤め上げたアリコジャパンから転職したきっかけは?
アリコジャパンで勤務して17年目の頃、リーマンショックが起きました。アリコジャパンの親会社であったAIGも多大なる影響を受けており、生保事業を売却することになりました。
その結果、最終的に私が所属していた部門も閉鎖されてしまい、いわゆる「リストラ」にあったのです。その当時、私は57歳でした。
Q. そこから、なぜ面接対策コンサルタントとして働くことになったのですか?
これも、たまたまのお話なのですが、リストラにあって退職した際に、インテリジェンスの転職支援サービスに登録しました。しかし、いくら管理職の経験者とはいえ、57歳で履歴書を提出しても、まず書類が通過しません。
「この先どうしようかな…」と漠然と考えていたところ、当時担当のコンサルタントの方に「うちの会社で新しい部門が立ち上がり、面接対策コンサルタントというポジションを募集していますが、興味はありますか?」と打診をされたのです。まさかの提案に「やります!」と即答でしたね。
息子の事業を手伝った経験から社労士として独立を決意
Q. 企業の第一線で働き続けた新條さんが独立を決意したきっかけは?
インテリジェンスでのコンサルタント業務は5年間の有期契約の仕事でした。62歳で退職しなければいけないことはわかっていましたが、退職後に何をするかについて全く考えていなかったのです。
私の場合、厚生年金や企業年金、さらには退職金をはたいて買った不動産からの収入なども入っていたので、お金に関しては何とかなると感じていました。でも、この後の人生が暇で面白くないのだろうなという漠然とした不安があったのです。
そんなとき、あるきっかけで私の息子が経営する会社の雇用保険の手続きなどを手伝うようになりました。手伝いをしているうちに、自分の知識を使ってお金を稼げるだけでなく、人にも喜ばれることに面白さを感じ「これを仕事にしよう!」と決意したのです。
Q. 独立する際に不安や葛藤はありましたか?
そこまで大きな不安や葛藤はありませんでしたね。
しかし、独立を決意した当時、社労士として事務所を開くためには2年間の実務経験が必要ということを知らなかったのです。想定していなかった事態に大きな衝撃を受けました。
「社労士としての実務経験もないのに大丈夫だろうか…」と悩みましたが、「経験がありそうな人と一緒に事業をスタートすればいい」という考え方にシフトしました。その当時、たまたま同じテニスクラブに通っていた仲間に声をかけて、なんとか口説き倒し、一緒に仕事をすることになりました。
Q. 独立後に直面した課題は何でしょうか?
息子の会社が顧問先だった頃は、本当に経験値がなかったため、質問をされたらまずはネット検索をしながら業務にあたっていました。その当時は、社労士として2年の実務経験を積む期間でもあり、とにかく失敗ばかりでしたね。
また、2022年2月に開業免許を取得して顧問契約ができるようになってからは、どのように新規顧客を獲得していくかがとても大きな課題でした。
Q. 独立後、新規顧客はどのように獲得されましたか?
具体的には、私の知人に「紹介してほしい」とメールをしたり、直接お話する機会を設けたりしながら、アプローチしていきましたね。
現在は、社労士として5社と年間顧問契約を結びながら、個人のお客様からもマネープランに関する相談などを受け付けています。自分にとって適正な仕事量で、かつお客様の期待値以上のサービスを提供できるかを見極めながら、仕事の量を調整しています。気持ちよく仕事ができる上限を考えることが私にとって重要なポイントなのです。
「ある程度まとまったお金を稼がないとやっていけない」という若い世代の方とは違って、私の場合は、たくさんの仕事量は必要ありません。これこそが、50代、60代の方が独立する際に大切な考え方かと思います。
Q. 反対に、独立の際にやっておけばよかったことはありますか?
私は2020年に合同会社を設立しましたが、成り行きで設立したこともあり、限られた時間で社名を考える必要がありました。事業内容をただ繋ぎ合わせて社名を作ってしまったのですが、息子から「今後も長くまともにビジネスをやっていくのであれば、社名は慎重に決めないとダメだよ」とお叱りを受けてしまいました。会社として信用を作る上でも、もう少し時間をかけて社名を考えるべきだったなと感じています。でも、会社を作ったことはとてもよかったと思っていますよ。
独立後は仕事をする上で「自分が満足できるか」を意識するように
Q. 独立後、仕事をする上で大切にしていることは何ですか?
独立しているかどうかに関係なく、仕事を通してお客様に満足してもらうことは当たり前ですよね。でも、独立後はお客様に満足してもらうことはもちろんですが「自分も満足できるか」という考え方が非常に色濃くなってきているなと感じています。
独立するメリットは「自分がやりたいこと」や「自分が満足できること」に対して重きを置けることで、私自身も、仕事をする上で「自分が満足できるか」を常に考えるように意識していますね。
Q. ホームページでも掲載されている「個人と企業の双方の幸せを目指します」という企業理念を実現するために、どのようなことにチャレンジしていきたいとお考えですか?
そうですね。自分の経験したことを活かしていくのはもちろんですが、FPと社労士の知識やノウハウを活かした事業を展開していきたいですね。
社労士の業務は、企業様や事業主向けの味方として活動するイメージが強くありますが、実際のところFPの業務においても活用できる知識やノウハウがたくさんあります。例えば、退職後のマネープランについての相談では、社会保険や年金などお金にまつわる知識を活かせますよね。
その他にも、メンタル疾患になった従業員を抱える会社に対するフォローアップなども行っていきたいと考えています。
さらに、社労士とFPのどちらの業務も個人情報をたくさん抱える仕事なので、情報セキュリティやBCPに関する知識も常にアップデートしていきたいですね。幸いなことに、社労士会は研修が手厚いので、様々な研修に参加し、多くの人たちのお役に立てる情報を収集して、業務に活かしていきたいと考えています。
Q. 今後、クライアントさんに対してどのような支援をしていきたいですか?
顧問契約を結ぶ際は、顧客のことをよく理解するために、ある程度長い期間お付き合いすることが重要だと考えています。
長くお付き合いを続けていくためにも、顧客が何を求めているのかをよく見極め、顧客にとってわかりやすいメリットを提供し続けることが求められるでしょう。
Q. プライベートについては、今後はどのように過ごしたいとお考えですか?
これから先の人生において、自分や家族の健康の優先順位がどんどん上がっていくと思います。つまり、ワークライフバランスでいう「ライフ」の部分を大切にしたいですね。私の場合は、ついつい「ワーク」ばかりを優先しがちなので、気をつけなければと常々感じています…。
私は60歳でスポーツクラブに入会したのですが、平日の昼に最低週3回は行くようにしています。自分や家族のスケジュールも組み入れた上で、「ワーク」と「ライフ」のバランスを取るようにしています。これからも、自分や家族の健康の優先順位を高めていきたいですね。
Q. 最後に、セカンドキャリアに悩む50代・60代に向けてメッセージをお願いいたします。
50代や60代の方は、若い世代と比較して、一定の経験をお持ちですし、ネットワークや資産のある方が多い世代だと感じています。つまり、起業するリスクは、若い世代の方よりもかなり低いと思います。
自宅のリビングを使うなどして「スモールビジネス」から事業を始めれば、起業するリスクは想像している以上に低いものです。「まだまだ元気だし、何かに挑戦してみたい!」と少しでも感じているのであれば、興味のある分野や領域において独立を検討してみてはいかがでしょうか。