50代での転職には不安がつきものです。転職先としてスタートアップ企業を考えている場合、なおさら心配ごとが多いのではないでしょうか。Lさんは、大企業での活躍を経て50代でスタートアップに転職し、さらに大企業に再び転職して現在に至ります。50代で転職を成功させるコツや、スタートアップで働くメリットについてうかがいました。
大学卒業後、数社を経て大企業A社に入社し、金融事業本部にて営業や企画業務に携わる。53歳の時にスタートアップ企業であるB社に転職し、マネージャー職として活躍。B社の事業整理をきっかけに、大手企業C社にプロデューサーとして転職。現在は新規事業開発の設計から運用までに参画しつつ、副業としてコンサルティングも行っている。
大企業からスタートアップまで。希少性の高いキャリアを構築
ーこれまでのご経歴について教えてください。
大学卒業後、いくつかの企業を経験しました。一つの企業で働き続けた方が生涯賃金などの面では良かったかもしれませんが、単調な業務の繰り返しよりも自分のやりたいことにチャレンジしたい気持ちが強かったのです。金融業界やIT、街の小さな企業まで、勉強をしながらさまざまなキャリアを構築しました。
その中で業界知識が身につき、2007年に大企業A社に転職。金融機関向けのサービス提供やSaaSビジネスの企画営業を担当しました。
しかし、50代に差し掛かり今後のキャリアを見据えるなかで、人生最後のチャンスに挑戦をしたいと考えるようになり、スタートアップ企業であるB社に転職を決めました。ビズリーチ経由で応募したのですが、あとから聞くと100倍以上の倍率を突破していたようです。
スタートアップでの環境は刺激的で、やりがいをもって働いていたものの、事業をある企業に売却し、事業整理することになりました。私は売却先の企業にそのまま移るのですが、部下が全員解雇され、自分だけ残ることになりました。
売却先の社員は良い方ばかりでしたが、最終的には現職のC社へ転職することにしました。現在は新規事業の開発や運用に携わっています。
スタートアップはベテランを求めている場合が多い
ースタートアップ転職前は大企業で10年以上のご経験を積まれています。大企業ならではの企業文化はありましたか?
まず、部門間の縦割り構造がありました。明確に業務が分業されていて、他部門との交流は少なかったと思います。同じ事業部内であっても、事業部同士のつながりは希薄なのです。また自分の所属する事業部以外の人とはほとんど面識がなくなってしまいます。まるで別会社のような感覚でした。
また、意思決定プロセスの複雑さも実感しました。説明や承認を得るためには、複数の階層を経なくてはなりません。例えば、課長から部長、事業部長、そして事業本部長と、階層ごとに事前説明が必要です。
いざ会議となったときに「俺は聞いてないぞ」と言われるような状態をなくすため、根回しをしなければならず、時間が取られてしまうのです。意思決定のスピードは決して速いとは言えなかったと思います。
ーそもそも、なぜ転職を検討されたのでしょうか。
50代に突入したあたりで、役職定年を意識し始めました。大企業A社では55歳で役職定年を迎え、年収が大幅に減ります。周囲の先輩や同僚を見ると、役職定年後も生き生きと働く人もいますが、やる気をなくす人も少なくありません。
「役職定年を迎えた場合、自分はどうなるのだろう」と考えると、もう少し違った世界でやってみたいという気持ちが芽生えたのです。会社にそのまま居続ける人の方が多い中で、ちょっと変わった選択だったかもしれません。
ー当時は、どのような軸で転職先を探していたのですか。
これまでの経験が活かせる領域であることを重視しました。加えて、転職先のスタートアップB社は当時注目が集まっていた事業に注力していたことも大きいです。前職の大企業A社の上層部も注目しているサービスだったので、チャンスがあるのではないかと考えました。
転職活動時は企業規模へのこだわりはなく、それよりも時流に乗っている企業であることを優先していたので、年収は下がりましたが、それは覚悟の上。
大企業A社に残っても役職定年で給与が下がり、その先も収入が減り続けると考えると、転職による収入減の影響が大きいとは思えなかったのです。
ー転職前には、どのような準備をされましたか。
職務経歴書を自分の得意領域をきちっとアピールできるように仕上げました。書類審査で不合格になることは避けたかったので、徹底した準備は当然必要であると考えていました。
ビズリーチへの登録の際は、プロフィールで自分の専門性を強調し、B社の他にも、スタートアップを中心にいくつか応募をしました。良いと感じた企業はこちらから積極的にアプローチするスタイルです。書類審査はスムーズに通過できましたが、その先に行くには年齢が壁になることが多かったですね。
B社の面接では、これまでの業務経験がB社のサービスに役立つことをアピールしました。最終の社長面接では、「大企業A社での経験を活かして、社会に役立つインフラを一緒に作りましょう」と言っていただくことができました。転職活動としては、比較的トントン拍子な方だったかもしれません。
ースタートアップへの転職を決めた際、同僚からの反応はどのようなものでしたか。
「羨ましい」という声が多かったですね。A社は大企業ならではの保守的な部分があったので、スタートアップで新しい挑戦ができることに対し、「挑戦的な環境で働けていいね」という反応でした。
また上層部からは、「いつでも戻ってこい」と温かい言葉をもらいました。大企業A社には10年以上勤務した社員が再雇用されやすい仕組みがあったので、理解のある対応をしてもらえたのかもしれません。退職後も事業本部長と飲みにいくなど、良好な関係をつくっています。
ースタートアップの環境に飛び込むというのは、どんな心境でしたか?
内定をいただいてからは、迷わず入社を決めました。やりたい仕事ができることが決め手です。自分のスキルや経験が活かせることに魅力を感じていました。
とはいえ、不安ももちろんありました。スタートアップ特有のスピード感についていけるだろうか。新しい領域への挑戦に対する戸惑いなど…。
また「給与が下がることは気にならなかった」と先ほど言いましたが、一瞬の迷いがあったことも事実です。裁量を持って働ける喜びと、新しい環境への心配がせめぎ合っていたように思います。
B社のサービスについては、入社までに自分で使ったりしてリサーチしました。ドキドキしながら入社までの間を過ごしていましたね。
ー50代でスタートアップに入社されたわけですが、年齢はハードルにはならなかったのですか?
B社への入社時は、私が最年長社員でしたが、年齢はむしろプラスに働いたと感じます。
採用時、B社では年齢の高い人が欲しいと考えていたようです。自由奔放でエネルギッシュな雰囲気の「重し」になる存在として、経験豊富な人材が求められていました。
私が入社した後も40代以降の人がどんどん採用されている状況でした。ですから、スタートアップ企業でもベテランのビジネスマンが活躍するチャンスは十分にある、というのが私の考えです。
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スタートアップ企業で驚いた、意思決定スピードと企業文化
ー実際にスタートアップで働き始めて、ギャップを感じることはありましたか?
意思決定スピードの速さには驚きましたね。チャットツール上でディレクターが承認するだけで物事が決まっていく。決裁のプロセスが短いため、負担感やストレスが少ないです。このスピード感は大企業では考えられないものでした。
助け合う企業文化も良いものだと感じました。皆がオープンマインドで、自分がどんなに忙しくても、困っている同僚を助けに行くのです。
スタートアップ企業では、「困っている人を助けるのは良いこと」という文化があり、チーム全体で成功を目指す意識が強く、全員が前向きなので、とても働きやすかったですね。
一方、大企業では、他人を助けすぎると逆に業務を押し付けられて自分の仕事が回らなくなってしまうので、消極的で内向きな雰囲気があったように思います。
ースタートアップで働くにあたって、苦労されたことはありますか?
最新のツールを使い慣れていなかったので、最初は大変でした。コンピュータも入社まではWindowsを使っていたのに、いきなりMacを支給されて戸惑いました。ただ、新しいツールは慣れるととても楽しいですね。
また、メンバーの個々の適応力や能力には当然、差があります。会社についていくのが大変そうな社員は私の配下に置き、面倒を見るようにしていました。
中には、前向きになろうとするあまり突っ走りがちな人もいます。私は経験上「この業界でここまで突っ走ってしまうと、あとで大変なことになる」と分かるので、「少しやり過ぎです」と苦言を呈したこともありました。他にも、想定外の問題やトラブルが度々起こりましたが、皆で一丸となって対応していました。
ー大企業から転職し、スタートアップで仕事をして、働きづらさを感じることはありませんでしたか?
働きづらさは感じませんでした。意思決定の自由度が高かったからでしょう。取引先との進め方や取引内容についても、大半を自分の裁量で決められました。役員クラスとも直接会話でき、現場での判断が尊重される環境だったのです。
仕事は自ら動き始めるとどんどん集まってくるもの。居場所を見つける苦労は特に感じませんでした。一方、スタートアップは良くも悪くも実力主義です。若い人でも、バリューが発揮できずに苦しむケースも目の当たりにしました。
ースタートアップで働くことのメリットは何でしょうか?
「自分で決められる環境」ですね。若手にとっては自分の責任で意思決定をする訓練ができますし、我々のようなベテランは、これまで大企業で感じていた息苦しさから解放されます。
対外的にもキーマンと接するチャンスが多く、経験が積めることもメリットです。大企業のような階層構造がないので、役職に関係なく意思決定権をもつ上層部の方と話ができます。
ー現在は大企業に戻られているわけですが、もし機会が訪れたら、大企業とスタートアップどちらを選びますか?
現在働いているのは、C社の中でもスタートアップの雰囲気がある新規事業開発の部署なので、フラットな文化で働きやすいと感じています。
ただ、もし再び転職するなら、もう一度スタートアップ企業で働きたい気持ちはあります。自由な楽しい雰囲気をまた味わいたいですね。
50代以降だからこそ輝ける!スタートアップで働くために必要なマインドセットとは
ー50代以降、スタートアップで働き続けるために必要なマインドセットは何でしょうか?
柔軟性と前向きさ、そして好奇心です。スタートアップでは新しいツールや技術が次々と出てきます。知らないことともたくさん出会う中で、「面白いじゃん」と感じて覚えられるといいですね。
日々の業務に限らず、仕事の新しい領域を開拓するためにも大切なマインドだと思います。
ー一方で、避けるべきマインドセットはありますか?
特定の専門性をもたず、ゼネラリストとしてやっていこうというマインドだと、厳しいかもしれません。
スタートアップでは、それぞれの得意分野で即戦力になることが期待されます。自分の経験してきた分野でエキスパートとして光るものをもっていないと、なかなか難しいでしょう。
ースタートアップの環境が向いている方、向いていない方について教えてください。
向いているのは、ゼロベース思考ができる人。自分をまっさらな状態に戻して、会社の中に入っていける人ですね。一方、昔の会社のことを持ち出したり、古い関係性の元で何かを進めようとする人は、周囲とぶつかりがちです。
ポジティブでコミュニケーション能力が高いことも求められる適性です。スタートアップの場合、20代の新卒社員から50代まで横並び。若い人とも友達感覚で対等に会話できる人でないと、敬遠されてしまいます。
「教えてやる」という目線ではなく、「一緒に苦労しよう」という発想をもてる人が向いていると思います。
ーLさんご自身が柔軟に適応できたのは、キャリアの初期で、何回か転職していたご経験も大きいのでしょうか?
そうかもしれません。転職を何回か重ねているからこそ、新しい環境で自分の居場所を作ることが得意になったのでしょうね。
不慣れな職場に入ったときに、どういう立ち振る舞いをするか。自分の中で理論やロジックがあるわけではないのですが、うまく入り込んでいく術は持っているかもしれないな、と思います。
経験を活かしながら、さらに新しい挑戦を
ー現在所属している企業では、どのような成果を残したいとお考えでしょうか?
現在、新規事業の立ち上げと同時に、立ち上げのための仕組みづくりにも携わっています。会社の制度を整理・運用するなど、自分の経験を活かして貢献したいと考えているところです。
ー今後はどのようなキャリアを積み上げていきたいですか?
今の会社では65歳が定年なので、そこまでは働きたいですね。また、会社に許可を得てコンサルティングも始めました。
独立も視野に入れてはいますが、現在の会社で非常にいい仕事をさせてもらっているので、それを超えるような事業が見つかれば、という感じです。今はあくまで副業の範囲内でコンサルティングに取り組みつつ、バランスを見ながら考えていきます。
できれば65歳で引退したいと考えていますが、会社としては70歳まで再雇用制度もあるので、家庭の状況などを見ながら必要なら働くというスタンスです。
自分の可能性を広げながら、これからもいろいろなことにチャレンジしていきたいですね。
まとめ
今回のLさんの事例からも分かるように、スタートアップ企業が求めているのは若い人材だけではありません。むしろ、50代ならではの経験や知識、人間性を活かして活躍することは十分可能です。そのためには、柔軟性や前向きさを失わず、好奇心をもって挑戦する姿勢が大切だといえます。
スタートアップへの転職を視野に入れている方は、早速自らの強みを棚卸ししてみましょう。