「何になりたいか」ではなく「何をしたいか」を見つめることが、理想の独立への道

近年、50、60代で独立や起業にチャレンジする人が増えてきました。長年のキャリアで培った知見や経験を活かし、生き生きとセカンドキャリアを楽しむシニアの姿を見て、興味がある、ちょっと怖いけれどやってみたい…そう思う方も多いのではないでしょうか。

今回お話いただいたのは、武蔵野美術大学建築学科を卒業後、30年にわたり電通に勤務し、一世を風靡したテレビCM「どうする?アイフル!」をはじめ様々な広告の企画・制作を手がけてこられた阿部光史さんです。

幼い頃から抱いていた「人を感動させたい」という夢の実現に向け、広告から建築、電子工学など多様な分野に関わってきた阿部さんに、独立後、仕事において意識していることや、顧客との信頼関係の構築についてお伺いしました。

株式会社ガリアーノインスピレーションズ 代表取締役
阿部 光史
URL: https://ginspirations.co.jp/

1966年神戸市生まれ。武蔵野美術大学を卒業後、株式会社電通に入社。大ブームとなった「どうする?アイフル!」のテレビCMを始め、様々な広告に携わる。2000年にビーコンコミュニケーションズ株式会社への出向などの経験を経て、2020年に独立し株式会社ガリアーノインスピレーションズを設立。現在はクリエイティブディレクターおよびCMプランナーとして活躍中。

「ものづくりで人を感動させたい」と考え、広告の道へ

大学で建築を学ばれた後、広告という異なる分野に進まれたのはなぜでしょうか

小さい頃から「ものづくり」に興味があり、自分が創ったもので人を感動させたいという思いが強かったんです。

もともと理系だったことから、「建築もものづくりの1つ」と考え、大学は建築学科に進みました。就職活動の時期に「映像や広告の仕事をするのもいいな」と考え、電通を志望していた友人と一緒に受けてみたら、なんと内定をいただき、「滅多に受かるものじゃないだろう」ということで、広告の道へ進みました。

人を感動させたいと考えるようになったきっかけは?

小・中学生の頃のSFブームです。例えば映画では「スターウォーズ」、アニメなら「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」が大人気でした。

それらのエンターテインメントにすっかり心を奪われ、自分でも絵や漫画を描いたり、電子工学に関心を抱いたりしていたんです。

そうしているうちに「将来は人の心を動かす仕事がしたい」と思うようになりました。

電通に入社後、一貫してクリエイティブなお仕事をされていますが、どんな会社員生活を送ってこられましたか?

20代は「人を楽しませるため」というより、自分がやりたいこと、好きなことにこだわって企画を考えていましたね。それが30代になり、「人の心を動かす広告を作る」という視点を持つようになりました。すると仕事がうまく回るようになり、その頃に制作したのが、「アイフル」のCMシリーズです。

40代、50代は「拡張」という言葉がしっくりくる気がします。なぜ拡張かというと、「人を楽しませる」というものづくりの軸は変えないまま、自分の得意な要素をプラスしていったからです。

それが可能になったのは、広告の在り方が大きく変わったことが大きいですね。広告は長い間、テレビや新聞、雑誌、ラジオなどマスコミュニケーションがメインで、しかも電通はそれらの分野に強かったんです。

しかしアプリやAR、VRなど、テクノロジーを使用したイノベーティブな領域にどんどん光が当たるようになり、そこが私の強みと重なりました。そういう意味での拡張ですが、考えようによっては、子どもの頃に好きだったものに戻ったとも言えます。だから拡張かつ原点回帰と言えるかもしれません。

仕事をする上で、大切にしていた価値観についてお聞かせください

多くの人に「わかる広告」を企画・制作することです。しかし、この「多くの人」というのが難しくて、例えば日本で都市部に住んでいるのは、全人口の約2割に過ぎません。だから全国に通じる広告を制作するには、どうすれば残り8割の人にも届くかを考える必要があります。

多くの人に受け入れられ、かつ面白い広告を制作するのは、とても難しそうですね

それらを両立するために必要なのは、誰もが経験していたり、共感できたりする普遍的な内容を、それまでになかった新しい表現で伝えることです。簡単とは言えませんが、とてもシンプルです。

実はこれと同じことを、約400年前に松尾芭蕉が「不易流行」という言葉で残しています。昔も今も、人間はあまり変わっていないですね。

「定年まで会社に残る方が不安」と、早期退職制度を利用

独立を意識したきっかけについて教えてください

40代後半から50代前半にかけて病気をしたことです。今はもう元気なのですが、その時に「人生何があるかわからないから、時間があるうちに好きな仕事で独立したい」と思いました。

そこで、独立するなら定年まで待たず早めにしようと決めたんです。できれば60代に入る前に仕事を軌道に乗せたかったので、早期退職制度を選びました。

独立時に不安や葛藤などはありましたか?

収入に関する不安はありましたが、独立にあたっての葛藤はなかったですね。なぜなら、独立せず会社に残る方がリスクがあると思っていたからです。

しかし、いきなり会社を退職するのもリスクが大きいと考えていましたので、社内の独立支援制度を利用して独立に踏み切りました。

独立にあたってやっておいてよかったことはありますか?

やっておいてよかったのは、先に独立した電通内の先輩方にどんな準備をしたか、情報発信はどうしているかなど、積極的に話を聞いたことです。例えば情報発信をするなら、企業HPを作って実績を掲載しているなど教えていただきました。

転職や独立に関する書籍はたくさん出ていますが、クリエイターに特化したものはないんですよね。だからクリエイターの独立に関する知見は、実際に独立した方に聞くしかないと思いました。

クリエイティブの力で、未来をよりよいものに書き換えていきたい

あらためて、現在のお仕事について教えてください

株式会社ガリアーノインスピレーションズを設立し、現在はクリエイティブディレクターおよびCMプランナーをしています。会社のコンセプトは「CREATIVE FUTURE+ 未来を書き換えるクリエイティブ」ですが、「CREATIVE FUTURE+」は、クリエイティブの力で未来を少しでもいい物にする、プラスするという意味です。

それと、クライアントの望む未来の実現を、私たちがプラスの力でサポートするという意味も含んでいます。「未来を書き換える」というのは、課題を解決しないままでは望まない未来を迎えてしまう恐れがあるところを、私たちが介入することで少し書き換える、クリエイティブによってよりよい未来へと書き換えるという想いを込めています。

具体的な事業内容は、広告をはじめ、商品デザインや新商品の開発、東京工芸大学での非常勤講師などに携わっています。事業内容のアイデアはたくさんあったのですが、司法書士さんと相談して15くらいに絞りました。

事業内容などはどういう方法で絞ったのですか?

マインドマップを使い、自分がやりたいことを全て洗い出しました。頭の中だけで考えを整理するのはかなり難しいので、まずデジタル上のマップにいろいろ書き出すんです。そこから書き出した要素をグルーピングして、思考を整理していきました。

独立後、お仕事をする際に意識していることは?

「会社員時代に意識していたこと」で、普遍的な物事を新鮮な方法で表現するのが大切だと言いましたが、それは独立しても変わっていません。しかし、これまでに誰もやったことがない表現に取り組むので本当に大変なんですよ。

例えば、ある電機メーカーさんで、ロボットに本物の日本刀を持たせて、居合切りで竹を切断するという広告を考えたんです。居合切りができるほど滑らかで、細かい動きを再現できる技術があると表現するためです。

最初は全くうまくいきませんでしたが、だからといってCGにするわけにはいきません。本物のロボットが日本刀を使いこなす表現なんて、今まで誰も考えなかった。そこを諦めてしまったら、新鮮な表現とは言えませんよね。

3週間ほどチャレンジしても失敗続きで、現場が微妙な雰囲気になって。最後に成功したからよかったものの、大変な目にあいました(笑)。

―YouTubeで世界中から絶賛されましたね。刀が曲がって大変だったとお聞きしました。

そうなんですよ。でも苦しいことや大変なことをたくさん経験したからこそ、新鮮な表現につながったともいえます。「生みの苦しみ」という言い方がありますが、ここ数年はそういう苦しい年にしたいんです。実のところ、そういう目に合っている時も、どこかで「来た来た!」みたいに面白がっている部分もありますしね。

信頼される秘訣は、クライアントが気づいていない課題に向き合うこと

新規顧客の獲得はどうされているのですか?

顧客獲得は直近の課題ですね。独立後、しばらくは電通で携わっていた仕事を継続して受けていたのですが、今年になって、やっと新規の仕事が入ってくるようになりました。

新規案件の獲得は、ほとんどが人とのつながりを経由して入ってきます。過去の人脈だったり、経営者など組織のリーダーが集まる場所に行ったりして、つながりを作るようにしています。会社のHPを作ったらそこから仕事が来るかなと思いましたが、そんなに甘くなく、これも課題です。

顧客と長くお付き合いするために、意識されていることを教えてください

クライアントの要求以上のリターンを返すこと、そして言われたことをやるだけでなく、こちらからどんどん提案していくことです。提案を重視しているのは、クライアントは課題を全て把握できているとは限らないからです。

例えば経営者が水面下にある真の課題に気づいていなかったり、あるいはうまく言葉にできなかったり、忙しくて掘り下げる時間がなかったりして、広告制作者サイドに100ある要求のうち30程度しか伝えられていないことも珍しくありません。

そういう、実際は存在しているけれどもクライアント自身が気づけていない、モヤモヤした部分をすくい上げて提案できたら、「阿部さんとは付き合っていた方がよさそうだな」と思ってもらえるんじゃないかなと考えています。

独立後の収入についてお聞かせいただけますか?

給与は自分の判断で減らしました。でも会社としては回っているので、感覚としてはトントンな感じですね。

忙しさに関してはいかがでしょう?

忙しさの質が変わってきていますね。独立前は会社が対応してくれていた給与や保険、経費の対応なども自分でやらなければいけませんが、仕事自体に関しては自分でコントロールできる部分が大きく増えたので、少し楽になりました。

CMで思うような効果が出ない」と悩む地方企業を支援したい

今後の展望についてお聞かせください

クリエイティブの力でクライアントや社会が抱える課題を解決し、世の中と未来をよりよい方向へと書き換えていきたいです。新しいことに挑戦するので、作る側としてはまた苦しい目に合うことになりますが(笑)。それでも常にチャレンジしていきたいです。

これから、どんなクライアントを支援していきたいですか?

地方の企業を支援していきたいですね。地方企業は、高い技術や開発力を備えているにも関わらず、広告に課題を抱えていて認知度が上がらないケースが多いんです。例えばテレビCMを打っているけれども、期待する効果が表れず悩んでいる地方企業の方は、ぜひご相談いただきたいです。予算も相談に乗ります(笑)。また、広告の領域を超えて、建築や商品企画などにもチャレンジして行きたいですね。

プライベートでの予定もおうかがいできますか?

人生を元気に楽しく過ごしていきたいので、健康のためにジムに通っています。旅行にも行きたいですね。今年の7月、初めて大型客船で船旅をしたのですが、とても新鮮で楽しかったので、今後も様々な遊びにチャレンジするためにも、やはり体力をつける必要があるなと感じております。

もう1つ、仕事とは別に、電子工学の分野で何か作ってみたいです。10月に「Maker Faire(メイカーフェア) Tokyo」という、サイエンスやアートなど様々な分野のDIY展示発表会があるのですが、そこに自分の作品を出展する予定です。

ちなみに阿部さんは、何歳くらいまで仕事をしたいですか?

65歳以降は仕事の比率を減らし、プライベートを充実させたいと考えています。旅行を楽しむとなると、やはり体が思うように動く間にやっておきたいです。

今後のキャリアに悩んでいる、50代・60代の方に向けて、メッセージをお願いします。

伝えたいことは2つあります。1つは、独立を望むなら、なるべく早く実行した方が良いということです。準備期間に少なくとも1年はかかることも忘れないでほしいですね。家族の説得が必要になるかもしれないですし。

もし独立に不安を感じているなら、不安を少しでも減らすために独立した人にリアルな話を聞いてください。実際には100%準備万端ということはあり得ませんが、せめて自分で準備万端と思えるまでは頑張ってください。BEYOND AGEの独立支援アカデミーを受講するのも一つの手ではないでしょうか。

もう1つは、自分が何をやりたいのかを見極めること。「何がやりたいかわからない、アイデアが浮かばない」という場合は、自分が好きなことを見つめ直してみるとよいかと思います。ここで意識していただきたいのが、「〇〇プロデューサー」「〇〇コンサルタント」などなりたい職業ではなく、その裏の「本当にやりたい事は何か」をはっきりさせることです。

例えば「パン屋さんになりたい」のようにまず職業ありきにしてしまうと、お店をオープンして経営がうまくいかなかった場合や、パンの人気が下火になった場合など、すぐに心が折れてしまうじゃないですか。でも「食で人を笑顔にしたい」なら、手段はパン屋さんに限りませんよね。飲食店の経営に限らず、栄養士になっても、フードスタイリストになってもよい。仕事の幅が大きく広がります。

私の場合なら、やりたい事は人の心を動かすことであり、その手段としてクリエイティブディレクターやCMプランナー、電子工学、大学講師などがあります。そんな風に、なりたい職業の1つ上のレイヤーに立って考えてみましょう。