人生100年時代、60代は働き盛り世代 

よりよい将来に向け、独立に踏み切る50~60代のビジネスパーソンが増えています。独立のハードルは昔より低くなっていますが、その一方で定期収入がなくなる、顧客獲得に自信がないなどの不安から決断できない人が多いことも事実です。  

そこで実際に50~60代で独立し、それぞれの分野で活躍している方々の体験談をご紹介します。今回は新卒で住友商事に入社後、人事部での人材育成やグループ会社の経営などに携わってきたオフィスH&Hの原田廣人さんに取材しました。独立後はキャリア・経営・人事労務などの分野でコンサルタントとして活躍されています。  

当初は60歳で独立する予定だった原田さんですが、紆余曲折を経て65歳で独立を実現。柔軟な考え方で様々な局面に対応してきた原田さんに、お話を伺いました。 

オフィスH&H(個人事業主) 代表
原田 廣人

京都大学を卒業後、住友商事株式会社入社、人事部に配属。その後、ジェイコムをはじめとするグループ会社の経営に携わり、計8回の出向を経験。現在は、人事部や、グループ会社の経営などの経験を活かし、キャリア、経営、人事労務の3つの柱でコンサルティングサービスを提供。

大学のヨット部でのマネジメント経験が、入社後に活きる

―住友商事株式会社という日本を代表する企業で、経営や人材育成に携わってこられましたが、学生の頃からそれらの分野にご興味があったのですか?  

最初から興味があるわけではなかったです。大学ではヨット部に所属していまして、全日本学生ヨット選手権大会というインカレ出場に向けて、ひたすら頑張っていましたね。  

部活ではチーム内で戦術や練習計画を立てたり、メンバーのコンディションを管理したりするポジションにいました。今思えば、その経験が会社での人材育成に役立ったのかもしれません。  

就職活動の時期になり、住友商事の面接を受けた際に、部活についての話をしました。そのエピソードが好評だったのかはわかりませんが、入社後は人事部に配属され、採用担当を10年にわたって務めることになりました(笑)  

予想外の闘病や出向、アクシデントの中で持ち続けた独立への想い 

―住友商事では人事部配属からスタートし、合計8社の事業経営と1万人以上の人材育成に携わってこられましたが、どのような会社員人生でしたか?  

42年間の会社員生活で、前半17年は住友商事の人事部に、後半25年はジェイコムをはじめとするグループ会社で事業経営にあたっていました。いわゆる商社マンっぽい仕事には、全然携わっていないんですよね。  

会社員時代は多くの経験をさせていただきましたが、常に意識していたことは、リクルート創業者の江副浩正さんが社訓に掲げておられた「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」という言葉でした。  

―50代半ばに独立を決意されたとのことですが、その経緯についてお話をお願いします  

比較的順風満帆にサラリーマン人生を送っていましたが、51歳の時に急性喘息を患い、原因がはっきりしないまま半年ほど苦しみました。  

ちょうどタイミングが役員選抜にかかる直前という大事な時期だったのに、この病気が原因で人事評価がガクンと下がり、1,700人のグループ会社のトップだった出向先から住友商事に戻され、そのまま2年ほど本社で過ごしました。まるで抜け殻のようになっていたのですが、53歳の時に、会社が開催する「ライフプランセミナー」への参加をきっかけに考え方が大きく変わりました。  

そのセミナーで講師をされていた方が非常に魅力的で、さらに他の参加者からも大いに刺激を受けて、私のやる気に再びスイッチが入りました。  

そこで今後のキャリア形成に向けて、これまでの自分の実績を見直してみたんです。人事部にいた頃は社内研修の講師を頻繁にやっており、グループ会社への出向中も人材育成に注力していたので、そんな経験が役に立つと思って、ライフキャリア研修講師を目指そうと考えました。それが53、4歳ごろでしたね。当時、もう会社での出世も望めないのだと悟り、60歳定年と同時に退職することを決意しました。  

―会社に対する想いが変容したことから、独立をという想いになったのですね

そうなんです。しかし、講師業はレッドオーシャンということもあり、それだけでは不安でしたので、箔を付けようと思い社会保険労務士の資格の勉強も始めました。しかし5年連続で不合格になり、年齢も59歳を迎え、60歳で独立する予定が怪しくなってきました。  

意気消沈していたところに、なんと8社目の会社への出向を命じられたんです。「これが最後のご奉公と思って頑張ろう」と赴任したところ、出向した会社での仕事がかなり面白かったんです。全国の取引先を相手に、裁量権も大きく好きに仕事をさせてもらえて、65歳まで楽しくイキイキと働いていました(笑)。  

―まさかの連続ですね!では65歳まで全く独立の準備はしなかったのでしょうか  

そういうわけではなく、独立、転職にこだわらず選択肢はいろいろと考えていました。住友商事の後輩が人材紹介会社に転職し、話を聴きに行ったのが、65歳以降のキャリアを考えるきっかけでした。  

そこで「原田さんのキャリアなら、転職して雇用される形より会社の顧問として独立を検討してみては?」とアドバイスされ、数社の顧問紹介サービスに登録しました。 実は、彼の話を聴くまでは、そんな選択肢があるなんて考えもしなかったのです。 

登録先の反応は良かったのですが、住友商事の就業規則により、再雇用嘱託社員であっても兼業は禁止。そのため、すぐに動くことはできませんでした。  

―ということは、出向先でばりばり仕事をしつつ、情報収集などの独立に向けた準備も進めていたということですね  

そうです。顧問紹介サービスに登録して数か月後、ゴルフで右足首を骨折し、手術で10日間入院というアクシデントがあったんです。それでまとまった時間が確保でき、独立についてじっくり考えるいい機会になりました。例えば『働けるうちは働きたい人のためのキャリアの教科書』(木村勝著/朝日新聞出版)という本を読んで、独立への意識を高めたりしていましたね。  

最終的に、自分が持つ人材育成というポータブルスキルを事業として確立させようと考え、「シニア社員向けキャリアデザイン研修コンテンツ」を考案して資料を作成。出向先企業の人財開発部と、知人が経営する研修会社にその研修資料を送って売り込みを開始しました。  

さらに当時はコロナ禍真っただ中だったので、リアルでのセミナー開催は難しいだろうと考え、「オンライン講師養成講座」、「パーソナルブランディング講座」などを受講し、必要なノウハウを学びました。  

―独立に向けて他にどのような準備をされましたか  

キャリアの棚卸しもやりましたね。顧問紹介サービス会社に登録する際に職務経歴書(A4で3枚程度)を作成したのですが、これが自己理解に非常に役立ちました。スキルの棚卸し以外にキャリアコンサルタントの資格の勉強もしました。 

独立後はこれまでの「信用」で順調に顧客獲得を実現  

―当初の60歳での独立予定と大きく異なり、不安や葛藤はありませんでしたか?  

50代の頃は、60歳と65歳では気力・体力にかなり差があるだろう、独立するなら早い方がいいと思っていました。でも実際には、自分でも不思議なのですが、50代と比べても気力・体力、そして意欲や情熱が全く衰えなかったんです。元来、性格的に不安はあまり覚えない方なのですが、65歳ということでさらに吹っ切っていましたね。65歳になれば、老齢厚生年金を受給することができますから月10万円ほど稼げればよくて、コンビニで働かせてもらうという手もあるかもと思っていました。  

―顧客はどのように獲得していきましたか?  

正確には独立前ですが、「シニア社員向けキャリアデザイン研修コンテンツ」を持ち込んだ知人の会社から、「実際にセミナーをやっていただく前提で、細かいことを詰めていきましょう」と返事をいただいたり、顧問紹介サービス会社の案件がマッチングしたりして顧問先との契約が2件立て続けに決まりました。  

独立前は「月10万円稼げれば」と思っていましたが、月10万円が2本入ってきて、しかも稼働時間は月4回、1日のうちだいたい1、2時間です。  

それ以後も、会社員として取引のあった企業からの顧問の依頼、スポットで支援した会社からのオファー、知人の紹介、顧問紹介会社からの紹介など、合計8件の仕事が舞い込んできました。  

―非常に順調なペースですね  

自分でもラッキーだったと思いますが、どの仕事も人とのつながりのお蔭でさせて頂けるようになったものです。そういう意味では、原田という人間をちょっとは信用していただけているのではないかと思います。  

8社あった顧客のうち、現在まで続いているのは3社なのですが、そのうち最大規模の1社から新規事業のお話をいただいています。しかも私がジェイコムで得たノウハウが役立つ内容なので、これからが楽しみです。  

―独立するには、何か特別なスキルや能力をもっていないと難しいと考える方もいらっしゃいますが、どう思われますか?  

全くそんなことはないと思いますが、その気持ちもわかります。そのように思う人は、おそらくキャリアの棚卸しをきちんとされていないのではないでしょうか。もしくは、「自分は、本当は何をしたいのか」ということを突き詰めて考えようとしていないのかもしれません。  

自分が社会貢献できる部分が見つかっていないだけで、キャリアの見直しをきちんとすれば、意外に尖ったものが見つかると思いますよ。 

3本柱で仕事の幅を広げる 

―現在の事業内容について教えてください  

現在はキャリアコンサルタント、経営コンサルタント、人事労務コンサルタントという3本柱で仕事しています。  

例えば今、社会保険労務士法人の顧問兼CHO(人事担当役員)を務めていますが、そこの社長が十数年来の友人で、退職後にご挨拶に行ったことがきっかけです。

「現在、いくつかの会社の経営顧問やキャリアコンサルタントの仕事をやっている」と伝えたところ、「うちの会社の人事を見てくれる人がほしかった」ということで、タイミングが合ったんです。さらに「社労士資格がなくてもできる業務があるので、そこを手伝ってほしい」という風につながっていきました。  

また、最近はキャリア、経営、人事労務の3つのコンサルティングを複合した仕事をいただくことも多いですね。例えば、あるクライアントの採用をお手伝いして、採用した人材を育成し、労務もお手伝いする、さらに組織力強化のためのコミュニケーション活性化プロジェクトの遂行などと、数珠つなぎに仕事が増えていくわけです。  

―独立後、仕事をする際に大切にしていることは何でしょうか  

コミュニケーションですね。具体的には、クライアントから連絡があったらどんな形であれ、24時間以内にレスポンスします。そういった行動の積み重ねで信頼してもらい、人間関係をしっかり形作っていくんです。これを続けている限り、信頼はあまり損なわれないと思っています。  

こういうやり方はシニアの人の方が強いと思います。長年、人脈や信頼を培ってこられた強みがありますからね。頑張った経験がある人の方が、仕事のパートナーとしては安心感がありますよ。  

―会社員時代と現在で収入に違いはありますか?  

ほぼ同じですね。独立してからはもちろん新聞や雑誌、セミナーの費用など経費として落とせる部分はちゃんと落としています。  

私は自宅で仕事をしているので、仕事部屋として使っているスペースの光熱費なども経費で落とせるんですね。こういったことは会社員をしていると意識しないので、独立を考えている方は覚えておくと便利です。  

忙しさについてはどう変わりましたか?  

ここまでが仕事、ここからがプライベートという仕事の仕方をしていないので、時間的には計算していませんが、感覚的には会社員時代の方が忙しかったかな。

独立後は土日や深夜も仕事することがしばしばありますが、自分の好きな時に好きなように働けるので気が楽ですし、休みをまとめて取りやすくなったことですね。

今年の9月、友人とアメリカ旅行してきました。ロサンゼルスからシカゴへ至る「ルート66」という多くのアメリカ人が愛する国道をバイクで(二人の友人はSUVで)横断走破してきました。10日間で5,130km走り、アメリカの雄大さを体感してきました

―理想的な働き方ですが、実現するまでにはどれくらいかかるでしょうか  

これは今後独立を考えている人にぜひお伝えしたいのですが、独立当初は生活のために取らないといけない仕事があるかもしれません。しかし、2、3年たって軌道に乗ってきたら、そういう仕事は切っていけばいいと思います。周りで独立して仕事をしているシニア仲間に聞いても、多くの方が3年くらい頑張れば何となく個人としての仕事も形ができてきて、稼ぎも安定してくると言っています。  

人生100年時代、自分を過小評価している場合ではない 

―原田さんのように、中長期的な目標やミッションを見つけるにはどうしたらいいのでしょうか  

やはり好きなことや得意なことをベースに、自分のライフワークをロングスパンで考えていった方がいいですね。目標やミッションは概して短期的で、年齢に応じて変わっていくことがあります。仕事をする中で思わぬ偶然が必然になることもありますし、ゆくゆくはそれぞれの経験が将来的に線でつながることもあると思います。だから一度目標やミッションを決めたからといって固執せず、柔軟に考えてみてください。  

―今後の展望について、お話をお願いします  

「人生100年時代を謳歌する躍動シニアの量産」をスローガンに、今後はキャリアに悩む 50代・60代の方に向けて、独立について伴走支援していきたいです。ずっと会社員として働いてきた人は、やはり組織の外に出るのは怖いと思うんですね。そういった不安を払拭するお手伝いをしたいです。それが私のパーパスです。  

―独立を検討している50代・60代の方に、メッセージをお願いします  

皆さん、もっと自信を持っていただきたいと思います。「独立したいけれど、自分のキャリアなんて大したことがないから無理だ」と諦めてしまう人がすごく多いんですよ。私はキャリアカウンセリングで様々な相談を受けてきましたが、ほとんどの人がご自身のキャリアについて、間違った認識を持っていますね。  

読者の皆さんが50代だと仮定して、30年間の会社員の経験が何の役にも立たないなんてあり得ないですよ。日本人の特徴かもしれませんが、皆さん、自分を過小評価しすぎです。これは私がセミナーや研修でお伝えしていることですが、人生を100年と考えて、20歳から80歳までを働く期間として時計に当てはめて考えてみましょう。  

20歳が午前9時で、80歳は午後3時になります。そうすると、50歳は正午にあたります。50歳から60歳は、正午から午後1時の間でお昼真っ盛り、「体力・気力を心配している場合ですか」とお伝えしているんですよ。  

実業家の渋沢栄一にも、「40、50は鼻たれ小僧、60、70は働き盛り、90になって迎えが来たら100まで待てと追い返せ」という言葉があるように、今まさにそういう時代になったんです。  

そんな時代に、皆さんは持っておられるものを活かせていない。これを活かしていくのは、私たちキャリアコンサルタントの大きな仕事だと思っています。 

原田さんのお話を聞きたい方は、ぜひBeyond Ageの研修を受けてみてください。

お問い合わせページURL:
https://beyond-age.jp/contact-us/