老後2,000万円問題が話題になって以降、「老後のためにお金を貯めておかなければならない」ということが、幅広い年代で浸透してきました。
「老後に安心して暮らせるだけの貯蓄を貯めたい」と考える人も多いと思いますが、実際に2,000万円は必要なのでしょうか。また、どれくらいの老後資金があれば自分が理想とする老後生活を送れるのでしょうか。
この記事では、そもそも老後2,000万円問題とは何か、必要な老後資金額、理想のセカンドライフを送るための方法についてくわしく解説します。
伊藤FP事務所代表。ファイナンシャルプランナー(AFP)兼ライター。大学卒業後、証券会社・保険コンサルタントを経て事務所代表兼フリーライターとして活動を始める。家計の見直しから税金・保険・資産運用まで、人生の役に立つ記事を幅広く執筆。
老後2,000万円問題とは?
老後2,000万円問題とは、「年金だけでは老後の生活が難しく、老後30年間で2,000万円が不足する」と金融庁が発表したことによって議論がはじまった、老後の資金に関する問題です。
金融審査会の市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」によると、以下のようなモデルケースにより、老後2,000万円ほどの不足が見込まれると導き出しています。
- 「高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯)」の収入と支出をみると、毎月約5万円の赤字に生じている
- 夫が95歳、妻が90歳になるまでの30年間を老後期間とする
- 単純計算すると、5万円×30年=1,800万円ほど赤字になるため、老後資金が必要。
物価上昇や大きな病気による予想外の費用が発生した場合、より多くの老後資金が必要になることも考えられます。
老後2,000万円問題が話題になった理由
老後2,000万円問題は「老後は年金だけでは生活できない」ことを意味しますが、以前は年金だけで生活することができました。
では、なぜ現在は年金だけでは足りない状況になっているのでしょうか。その理由を3つ紹介します。
長寿化で老後期間が長くなった
日本人は以前に比べて年々長寿化しており、想定する老後期間が長くなったことが理由のひとつです。
1950年頃の男性の平均寿命は約60歳でしたが、「令和5年 簡易生命表の概況」によると、2023年の男性の平均寿命は81.09歳、女性は87.14歳となっており、以前よりも20年以上延びています。
また、90歳まで生存する人の割合は、男性が26.0%、女性が50.1%となっており、女性は半数以上が90歳を超えて長生きしています。
また、内閣府がまとめた「令和5年版高齢社会白書(全体版)」によると、男性の健康寿命は72.58年、女性は75.38年となっています。
「健康寿命」と寿命との差は男性が約9年、女性が約12年となっており、この期間は医療費や介護費などがかかる期間と考えられます。
老後の生活が長期化することに加え、医療や介護の費用がかさむことも考慮する必要があります。
退職金が減少傾向
以前は、年金と退職金を合わせて老後の生活資金の基盤としていましたが、近年は退職金が減少傾向であることも、要因の一つと考えられます。
「賃金事情等総合調査(中央労働委員会)」によると、退職金の平均支給額の推移は以下の通りで、以前に比べて減少傾向であることがわかります。
令和3年 | 平成21年 | |
大学卒 | 約2,230万円 | 約2,615万円 |
短大・高専卒 | 約2,155万円 | 約2,324万円 |
高校卒 | 約2,017万円 | 約1,995万円 |
また、「退職金・年金に関する実態調査結果」によると、退職金制度を導入している企業の割合も、以下のように減少しています。
2012年 | 2021年 | |
退職一時金制度と退職年金制度の併用 | 71.2% | 66.1% |
退職一時金制度のみ | 13.3% | 15.9% |
退職年金制度のみ | 10.6% | 10.3% |
その他 | 4.9% | 7.7% |
このように、退職金の額が減っていること、退職金制度を導入している企業そのものも減っていることから、老後資金を形成しにくくなっているといえます。
生活費の上昇
年金生活における生活費の上昇も、老後の生活資金を圧迫している原因と考えられます。
家計調査によると、「世帯主が65歳以上で、無職の二人以上世帯」において、2020年と2023年を比較すると、1ヶ月あたりの支出が1万円以上アップしています。
このように、物価上昇により支出が増えていることも、老後資金を多く貯めなければならない理由といえます。
55歳で早期退職したいと思った場合、いくらあれば安心して退職することができるのでしょうか。近年は早期退職制度を利用して、会社を辞めた後に新しいステップを踏み出す人が増えていますが、そのためには老後のための資金計画が必要不可欠です。 […]
老後2,000万円の根拠は?夫婦・独身で必要な生活費をわかりやすく解説
老後2,000万円を個々で貯める必要がある、ということが令和元年発表の調査結果によりわかりました。物価が上昇している昨今でも、2,000万円で老後の生活を問題なく過ごせるのでしょうか。
ここでは、65歳以上の単身世帯・夫婦二人以上の収入と支出の統計を元に、老後の生活に必要な資金を考えていきましょう。
夫婦二人世帯の65歳以上の生活費
「総務省統計局の家計調査(2023年)」によると、二人以上世帯で、65歳以上無職の世帯の生活費は、以下のようになっています。
実収入 | 24万4,580円 |
消費支出 | 25万959円 |
(食費) | 7万2,930円 |
(住居) | 1万6,827円 |
(光熱・水道) | 2万2,422円 |
(家具・家事用品) | 1万477円 |
(被服及び履物) | 5,159円 |
(保健医療) | 1万6,879円 |
(交通・通信) | 3万729円 |
(教育娯楽) | 2万4,690円 |
(その他の消費支出) | 5万839円 |
非消費支出 | 3万1,538円 |
(社会保険料) | 1万8,435円 |
(直接税) | 1万3,090円 |
毎月必要な生活費は、消費支出と非消費支出(税金と社会保険料)の合計で、25万959円+3万1,538円=28万2,497円です。
実収入は24万4,580円のため、毎月の赤字は3万7,917円です。
赤字が30年間続くと仮定すると、65歳から85歳までの30年間に不足する生活費は
- 3万7,917円×30年=約1365万円
となります。
令和元年時点のシミュレーションよりも、毎月の赤字額が減っているため、必要資金も少なくなっていると考えられます。
65歳以上の単身(独身)世帯の生活費
65歳以上の単身(独身)世帯の収入と支出は、以下のとおりです。
実収入 | 12万6,905円 |
消費支出 | 14万5,430円 |
(食費) | 4万103円 |
(住居) | 1万2,564円 |
(光熱・水道) | 1万4,436円 |
(家具・家事用品) | 5,923円 |
(被服及び履物) | 3,241円 |
(保健医療) | 7,981円 |
(交通・通信) | 1万5,086円 |
(教育娯楽) | 1万5,277円 |
(その他の消費支出) | 3万821円 |
非消費支出 | 1万2,356円 |
(社会保険料) | 5,799円 |
(直接税) | 6,437円 |
1ヶ月の生活でかかる費用は、「消費支出」と「非消費支出(税金と社会保険料)」の合計額で、15万7,786円です。
実収入は12万6,905円のため、毎月の赤字は3万881円です。
30年間の生活費を計算すると
- 3万881円×30年=約1,111万円
となり、老後の資金として約1,111万円が必要な計算になります。
老後2,000万円でゆとりある生活は送れる?必要な生活費を解説
老後2,000万円あれば、問題なく老後を過ごせることがわかりましたが、ゆとりある老後生活を送りたいという人もいるでしょう。
「ゆとりある老後」とは、日常生活とは別に、以下のようなお金を無理なく支出できる状況のことをいいます。
- 旅行や趣味・人との交流を楽しめる
- 耐久消費財を買い替えられる
- 子供や孫への資金援助ができる
現役世代の場合は、「貯蓄を崩して、その分をまた働いて補填する」という方法がとれます。
しかし、老後の生活では、働いて収入を得ることがそもそも難しいため、老後生活が始まる前にまとまった老後資金を用意しておく必要があります。
「生命保険文化センター「2022年度 生活保障に関する調査」によるアンケ―トによると、ゆとりのための上乗せ額として、平均で14万8,000円が必要という結果が出ています。
二人以上世帯で考えると、毎月の赤字額(約3万8,000円)の補填と上乗せ額で、毎月約18万6,000円が必要な計算です。
30年間老後が続くことを想定すると、
- 18万6,000円×30年間=約6696万円
となり、2,000万円をはるかに超える額が必要ということになります。
ただし、ゆとりある老後生活に必要な額は、あくまでも目安であり、個々人によって「ゆとり」の感覚は異なります。
例えば、ゆとりある生活のために月7万円あれば十分という人もいるでしょう。この場合は、毎月の赤字額と7万円を合わせて、毎月約10万8,000円が必要となります。
老後期間が30年と仮定した場合、老後資金としては約3,800万円が必要ということになります。
老後2,000万円必要かどうかは個人によって変わる
老後2,000万円という金額は、以下のような条件によって変動します。
- 老後期間の長さ
- 退職金の有無
- 年金受給額
- 病気や介護の有無
- リタイアする年齢
それぞれくわしく見ていきましょう。
老後期間の長さによって変わる
「老後に2,000万円必要である」という計算では、「老後期間を30年間」と仮定して計算しています。
長生きすることを念頭して老後資金を計算する必要がありますが、もしも老後期間を短く想定した場合は、以下のように必要な資金額も少なくなります。
老後期間の想定年数 | 必要な資金額 | ゆとり生活に必要な資金額 |
30年 | 約1365万円 | 約6,696万円 |
20年 | 約910万円 | 約4,464万円 |
10年 | 約455万円 | 約2,232万円 |
退職金によって変わる
退職金を受け取れる場合は、老後資金の形成が大幅に楽になる可能性があります。
例えば、退職金が2,000万円で、住宅ローンの返済を完済している場合は、退職金をそのまま老後資金に充てられます。
ゆとりある老後生活のためには、退職金に加えて別途資金が必要ですが、通常の生活に必要な額としては、退職金で問題なく生活できることになります。
退職金がある人は、事前に退職金額を把握し、それに合わせた貯蓄目標額を決めるようにしましょう。
定年退職時に支給される退職金。再雇用を予定している方でも定年時には退職金を受け取ることができます。しかし、再雇用が予定されている場合でも退職金に税金がかかるのか、自分に支給される退職金にどのように税金が課せられるか気になっている方も多いで[…]
年金受給額によって変わる
老後2,000万円の計算に利用している収入額(年金収入等)や支出額(生活費等)は、平均値を利用しています。
そのため、年金受給額が平均よりも多い場合は、毎月の赤字額を低く抑えられたり、黒字になるケースもあります。逆に少ない場合は、より多くの資金を貯める必要が出てきます。
「令和4年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、年金の平均月額は以下のとおりです。
- 老齢厚生年金の平均月額は14万4,982円
- 老齢国民年金の平均月額は56,428円
このことから、単身世帯の年金平均額は約14万円、夫婦二人世帯(妻は専業主婦)が受け取る年金の平均額は、約20万円と考えられます。
受け取る年金がこれらの平均値を上回っている場合は、貯めなければならない老後資金額は少なくて済むと考えられます。
逆に、平均値を下回っている場合は、より多くの老後資金を貯める必要があると認識しておきましょう。将来受け取れる予定の年金については、毎年贈られている「ねんきん定期便」で確認できます。
60歳で定年退職を迎える人が再雇用で働く場合、年金をもらえる65歳まであと5年あります。 65歳で働くのをやめて年金を受給するのか、元気なうちはできるだけ働くのかということを検討するためには、年金の仕組みや将来受け取れる年金[…]
病気の有無によって変わる
老後期間の医療費がかさんだ場合は、より多くの老後資金が必要になる可能性があります。
厚生労働省によると、日本人の生涯医療費は約2,700万円とされています。65歳以降にかかる費用は、その6割の約1,620万円と言われており、1割~3割を自己負担分として支払うことになります。
65歳以降の医療費を1,620万円と仮定した場合 | 実質負担額 |
1割負担の医療費 | 約162万円 |
2割負担の医療費 | 約324万円 |
3割負担の医療費 | 約486万円 |
高額療養費制度の条件に当てはまれば、医療費をより抑えられる可能性もあります。
ただ、入院した場合は差額ベッド代や食事代などの自己負担費用(1日あたり最低でも3,000円ほど)が発生します。老後資金を貯めるときには、医療費が高くなる可能性も考えて、目標額を設定するようにしましょう。
人生100年時代と言われる今日、定年後の人生設計はますます重要になっています。定年退職や再雇用、転職、独立などさまざまな選択肢があり、「人生の再設計」が求められています。 35年働いてきた大手電気メーカーを60歳で定年退職したHさん[…]
リタイアする年齢によって変わる
必要な老後資金は、リタイアする年齢によっても変わってきます。例えば、65歳以降もなんらかの形で働き続けて収入を得ることで、毎月の赤字額が減らせたり、貯蓄を増やすことも可能となります。
実際、近年は65歳以降の就業者数が増えています。総務省の「労働力調査(2023年)」によると、以下の通り、就業率はいずれの年代も過去最高となっています。
就業率 | |
60歳~64歳 | 74% |
65歳~69歳 | 52% |
70歳~74歳 | 34% |
75歳以上 | 11.4% |
「元気なうちはできるだけ働いて収入を得たい」という人も増えており、就業率の上昇はそれを反映しているともいえます。
働いて収入を得られる期間が長ければ長いほど、老後の生活が楽になりますし、老後資金の必要額も少なくなります。
定年以降も働くという選択肢があることも、心に留めておきましょう。
理想のセカンドライフを送るには?収入を増やして老後資金を着実に貯める方法
「老後2,000万円」という問題をきっかけに、「年金だけでは生活できない」「ゆとりある老後を送るには、相当額の老後資金が必要になる」ということが周知されてきました。
老後の生活を安心して送るためには、現役時代にどれだけ老後資金を形成できるかが大きなポイントになります。
ここでは、収入を増やして老後資金を着実に貯める方法について紹介します。
副業をして収入を上乗せする
近年は副業を解禁する企業も増えています。そのため、「退勤後や休日に副業をして、収入を上乗せする」ことも、ひとつの方法です。
休日に友人の会社を手伝ったり、オンライン上で仕事を受注するなど、さまざまな方法があります。自分に合った副業方法を探し、まずは始めてみることをおすすめします。
シニア世代の方々にとって、副業は収入源を確保する以上に重要な意味を持ちます。50代、60代になると、転職や役職定年、再雇用などにより収入が減少するケースが多々あります。 また、それらの状況の変化を通じて仕事へのやりがいを失う可能性も[…]
起業・独立して長く働ける仕組みをつくる
自分の得意なことや経験を活かし、起業・独立するというのもひとつの方法です。個人事業主として働くことで、以下のようなメリットがあります。
- 体調やライフスタイルに合わせて柔軟に働ける
- 定年がなく、働きたいだけ働ける
- やりがいを持って、モチベーション高く働ける
企業に雇われるのではなく、起業・独立して働くことは、やりがいや生きがいにもつながります。そして、60歳以降も生き生きと働ける要因にもなります。
近年は再雇用で65歳まで働けることが一般的になってきましたが、今までとは違う働き方になるため、モチベーションが下がってしまうという例も多くあります。
50歳以降で起業するときは、誰しも不安を感じますが、それをどのように乗り越えて成功につなげているのでしょうか。長年A国の銀行で働き、帰国後起業をしたKさんに、50歳で起業にチャレンジした理由や直面した問題、それをどう乗り越えたのかなどにつ[…]
まとめ
老後2,000万円問題とは、年金とは別に、老後資金が約2,000万円必要になることを指します。足りないのではと不安に感じる人もいるかもしれませんが、現状では、単身世帯・二人以上世帯どちらも、2,000万円があれば問題なく老後の生活が送れます。
ただし、老後にどのような生活を送りたいかは、個々により異なり、ます。ゆとりがある老後生活を送りたい場合は、2,000万円以上の老後資金が必要です。
老後資金を貯めるには、コツコツと継続して貯蓄を続けることが大切です。どのような老後生活を送りたいのかをイメージして、必要な老後資金を早めに貯めていくようにしましょう。